お洒落れ

 

 アメリカ映画を見てて、『Gパンをはいて、街中を肩で風をきって、格好よく歩いてみたい!』と願っていた中学生の私は、ときどき「アメ横」に、そのGパンを買いに行きました。初めは、「アメ」は「飴」だと思っていたのですが、「アメリカ」だったということを知って、吹き出してしまいました。御徒町と上野の駅の間のガード下から膨らんで、迷路のような中に、商店が軒を連ねていました。テント張りで、どうも闇市だったようです。『東京って綺麗な街ですね!』と外国人が評価する今とは違って、薄汚い街が東京のほとんどだったのではないでしょうか。とくに、この御徒町周辺は汚い街だったのです。40~50年も経つと、そんな評価に変わるのですから、東京の街の躍進はすごいことなのではないでしょうか。

 昨晩、娘からスカイプがありました。『仕事でインドのニューデリーに行ってきたの!』とレポートしてくれました。どうもニューデリーも交通渋滞があるようで、その原因を話してくれました。人も車も多いのは、相当なものかも知れませんが、渋滞の原因は「牛」だったようです。神のように大切にされているのですから、追い払ったりできないのでしょうね。牛の思うままにソロソロと歩むのを人も車も待つのでしょうか。牛が闊歩するまちなかですから、どんなに汚れていることでしょうか。娘も、『本当に汚い街。でも何だか味のある街だった。アジアという感じが全くしないくので驚いた!』と、初めてのインド訪問記を語ってくれました。

 私がアメ横に行った時に、『ヒロタ!』と呼びかける声を聞いたのです。それは2級上の上級生で、店の手伝いをしていたようでした。こんな上野の御徒町で出会うなん思ってもみませんでした。顔は知っていたのですけど、名前も知らない先輩でしたが、私の名前は知っていたのには驚きました。都下にあった学校ですから、相当な距離があるのに、『東京って結構狭いだなぁ!』と思わされたのです。ちょっと挨拶して、近くの店で、中古のGパンを買って帰ったのです。この先輩のお父さんは、多分やばい仕事をしていたのではないでしょうか。店の中に雑然といろんな物が並べられていたのです。私立の中学に息子をやらせるのですから、結構豊かだったのでしょうか。それ以来会ったことはないのですが。

 もう15年以上も前になりますが、御徒町の近くの秋葉原に、何かの部品を買い物に行ったことはありますが、もう何十年も行ったことがありません。今回、こちらに戻るときに、日暮里から京成スカイライナーの特急に、成田空港まで乗ったのですが、恵比寿から山手線で、この「御徒町」を通過したのです。どんなに変わってしまったかは検討がつきません。今度帰国したら、ちょっと足を伸ばしてみたいなと思わされています。昔は、アメリカ軍の物資の横流れ品が、多く売られていましたが、今では輸入品がどこでも買える時代になりましたから、そんなに珍しいものではないのかも知れません。チョコレートなんかも買ったのを覚えています。

 来週は、「労働節」の、いわゆる中国版の「ゴールデン・ウイーク」になるのですが、寒い冬が終わって、街路樹に花がつきはじめています。今は、花水木が見頃です。最近、街中の風情で、『わぁー、変わってきたんだ!』と思うことがいくつかあります。そのひとつは、スカートを履いて、お化粧をしている女性が増えてきたことです。ファッションの輸入でしょうか、東京の街と遜色のない、お洒落れが流行ってきているのです。20年ほど前に初めて来ました時との時代の隔たりを感じさせられます。クラスにやってくる女子大生も、オシャレをしてこられます。中学生の男の子の私だって、そうしたかったのですか、うら若き女性ですから、当然なのでしょうね。服装もですが、《内面の飾り》も忘れてほしくないなと思う、連休前であります。

(写真は、http://www33.tok2.com/home/m35rx4/okachimachi.htmの「アメ横」です)

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