ただのジイジでありたい

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 以前住んでいた街の裁判所に、犯罪を犯し、警察に逮捕されたフィリピンの方に依頼されて、一度だけでしたが、その小法廷に出掛けたことがありました。そこは、やはり判決が下されるので、厳粛な雰囲気で溢れていたのです。それよりも、さらに大きな法廷での出来事で、気になることがありました。

 182cmも身長がある被告が、被告席に立っている様子が写真にありました。ところが、この人の左右両隣に、頭ひとつほど背の高い役人が立っているのです。ちょっと異様な雰囲気が溢れて感じられていました。この人は、人気があり有能な人でしたが、その〈人物像〉を低く見せようとしてでしょうか、比較して小さく見えることを際立てる意図で、そう言った演出がなされていたに違いありません。

 背の高さが、人間的な偉大さを表すとは思いませんが、衆目にさらされる被告の〈大きさ〉を嫌う意図がうかがえて納得させられたのです。ナポレオン嫌いな人が言い出したのでしょうか、〈劣等感〉を言い表す言葉に、「ナポレオン・コンプレックス」と言う揶揄する意味の造語があるようです。ナポレオンは短躯の人だったと見られ、背の低いことの劣等感を言い当てられたのです。

 実際の彼の身長は、168cmほどあったそうで、当時の平均的なフランス人の身長からも、決して低くなかったのですが、言葉が先走りをして、〈背の低さの劣等感〉があるように言われているわけです。日本では、秀吉が、このコンプレックスを持っていたと言われています。劣等意識は、負けず嫌いな人には、出世のバネに変えられるようです。

 主人の信長が履こうとする草履を、懐の中に入れて温めて、主人が出かける時に、屈んで、そっと差し出した話は、『にっくきやつじゃ、猿!』と言われた貧乏農夫の子の日吉丸、藤吉郎、秀吉の出世話にあるようです。ナポレオンが軍人として優秀であったのは、その劣等意識を跳ね返す、〈攻撃性〉を養ったからであったと考えられているようです。人は嫌われると、そんなことまで言われるのでしょうか。

 今日現在、世界中から、その指導性の問題点を非難されている人物も、背が低く(大柄なロシア人の中で168cmほどだそうです)、その劣等意識が〈攻撃性〉を生み出していると言われています。そう言えば、旧ソ連の指導者であったスターリンも、背が低く、高く見せるために、写真を撮る時には、撮影士に角度を変えさせたり、自らは背伸びをしたり、踵の高い靴を履くように、劣等意識を克服しようとしていたそうです(162cmだったと言われています)。彼も同じように、劣等意識のゆえに〈攻撃性〉を養い、数多くの競争相手を粛清したと言われています。

 真冬に凍った川で泳ぎ、柔道や空手に励んでいる姿を公にし、六十過ぎてダンベルなどで筋肉のレーニングをし、引き締まった体を見せ付けていました。この攻撃性の強い指導者の劣等意識は、背の低さだけではないのかも知れません。少年時代にも、諜報員時代にも、突然に国家が激変して混乱したことも、様々に劣等意識が培われた背景だと言われています。 

 私にも劣等意識がありましたが、この年になると、そんなことは、もう問題ではありません。みんな誰もが、少なから complex を持っているからです。思うのですが、六十代、七十代、さらには八十代で、一国の政治的な指導的立場に対して、今の指導者たちが野心的であるのに驚かされるのです。

 体のあちこちが痛く、古傷が痛み、栄養剤や医師の処方の薬を飲みながら、咳き込みながら、何千万、何億の国民の健康や安全を政策をもって仕えていく重い責任を負うのには、もう無理な年齢なのではないでしょうか。何の責任も持たないこの私でも、あちこち体が痛み、咳をするとチビリ、歩くと躓き、物忘れも始まっています。ただすごいのは批判精神だけが、いやに鋭くなっていることなのです。自分には甘いのにです。もう代議士になろうとも、博士号を取ろうとは思いません。ただ老妻に感謝され、孫たちに『ジイジ!』と言われたいだけなのです

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