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時代劇映画の劇中に、お殿様が病で伏せている場面が、時々ありました。枕元に侍医をはべらせ、家臣が右往左往し、一朝事あるときのために、後継者を誰にするか、正妻の子か妾胎(めかけばら)の子かで、一大騒動が藩中に吹き荒れると言った筋書きでした。
その病中のお殿様は、決まって、鉢巻をしているのです。キリッと帯の様に結んで、左だか右だかに垂れていました。それは、赤でも白でもなく、「紫」でした。それを「病鉢巻」と呼び、紫草の紫紺の根を染料にして、染めたものだと言われています。それは今でも漢方の生薬として用いられていますから、平癒のために使われていたのです。
この紫草は、花は白で、その花も小さいのです。このところ、街中にある温泉に私は行っています。歳なのか、歩き過ぎなのか、膝の筋を痛めて、整形外科に診てもらいましたら、電気熱治療器をかけられましたので、温湿布なら、温泉がいいと思って出掛けたのです。
そこは炭酸泉の温泉で、膝に最適なのだそうで、このところ三度ほど行っています。腱板断裂の縫合手術後に、友人に贈って頂いた、葉室麟の本が面白くて、もっと読んでみたかったのです。それで、温泉行きにと思って、図書館で借り出して、入浴の合間に読んだのです。今までは、まず小説を読む様なことは稀だったのですが、つい引き込まれてしまいそうです。お決まりの筋書きですが、ほのぼのとしてよいのです。
その題名は「紫匂う」で、ある藩の家老の不正を暴く、善と悪、人と人との関わりが描かれているのです。で、この主人公の萩蔵太は郡方役の侍で、高位の家臣ではないのですが、腕っ節が強く、藩の剣術指南の筆頭の門弟で、機転が効き、穏やかで性格が良いのです。そんな彼が、奥方の澪(みお)と娘と息子、退いた両親と生活をしている中に、騒動が起こるのです。
蔵太が、庭の一郭に、この「紫草」の種を蒔くのです。咲いた花を奥方に見せたかったからでしょう。山谷を歩き、誰も相手にせず、追い散らしていた猟師や逃散した人たちの世話のできる、特異な人情派の侍で、彼らに感謝されたり、慕われているのです。騒動の危機の中で、蔵太を助けるのが猟師たちでした。そんな山行きで、根ごと持ち帰ったか、種を持ち帰ったかで邸内に種を蒔いたわけです。
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ところが芽を出すと、奥方は雑草と思って抜き取ってしまうことを毎年繰り返すのです。それを蔵太は責めもせずに、種を蒔き続けます。そしてこの藩内の騒動が、めでたしめでたしで落着して、蔵太と奥方が家に帰ると、咲いた「紫草」が迎えているのです。
わが家のベランダと室内に、咲いている花、これから咲く花と八種類ほどの花があって、花など見たり植えたりする心のゆとりなどなく過ごしてきた私が、今になって花を愛でているのが、なんか不思議な感覚なのです。水仙とチューリップはこれから咲くことでしょう。この紫草は、「万葉集」にも詠まれています。
紫草は根をかも終ふる人の子のうら愛しけを寝を終へなくに
韓人の衣染むといふ紫の心に染みて思ほゆるかも
この本を読んでから、「紫草」を手に入れたくなって調べたのですが、育てるのが難しく、その上、「絶滅危惧種」なのだそうです。同じ様に、描かれた蔵太も絶滅危惧種の人なのかも知れません。そう万葉の時代にも読まれている花なのです。牡丹や芍薬や向日葵にではなく、小さな花に目を注ぐ日本人の感性に、なにか納得がいきます。
(”Green Snap”から「紫草」、紫染です)
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