残された子熊

 

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.読売新聞に、次の様な記事がありました。

『24日午後10時17分頃、新潟県湯沢町湯沢のJR上越線で、長岡発越後湯沢行き普通列車(4両)がクマ2頭とぶつかった。乗客乗員約20人にけがはなかった。親子とみられるクマ2頭は死んだ。越後湯沢―六日町間では、上下線で一時運転を見合わせたが、25日午前8時半に運転を再開した。

南魚沼署やJR東日本によると、クマは親子3頭で線路付近を歩いていたとみられ、母親とみられるクマは体長1メートル20、子とみられるクマは60センチほどだった。この事故で普通列車5本が運休、3本に遅れが生じ、約900人に影響が出た。

現場ではしばらくの間、もう1頭の子とみられるクマが、付近にとどまっていた。県猟友会南魚沼支部湯沢分会長の山田周治さん(70)は「子グマはどうしてよいか分からず、母グマのそばから離れられなかったのだろう」と話していた(読売新聞)。』

自然界は、厳しさと優しさを持ち合わせています。親子の死別、残された小熊は、その内なる力で、過酷な環境を乗り越えて生きていく恵みがあります。人間だけは、保護が必要なのでしょう。それでも、上野や新宿で、この目で見た戦災孤児たちは、どっこい生きていったのです。人には、特別な恵みや憐みがあるからです。

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一葉の葉の写真が、目の底に焼き付けられています。空襲で崩された瓦礫の中で、この少年は、何を缶の中に入れて煮ているのでしょうか。その横顔に、しゃにむに生きていこうとする、『生きるんだ!』との逞しさが見えるのです。生きておられるなら、今は九十才近くになっておいででしょうか。こんな〈ひもじい時代〉があって、今の物満ち溢れた時代なのです.

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