川と海

 

 

関東平野の北端に近い所で、生活をし始めて、ムズムズし始めていると言うのが、今の私の様子です。何にムズムズしているのかと言いますと、利根川や渡良瀬川を渡って、海から結構遠い所にいて、広い箇所でも、川幅が10メートルほどの巴波川の流れしか見ない日を過ごしていて、『海が見たい!』という願いが、ムズムズでしょうか、フツフツでしょうか、思いのうちに湧き上がって、動き始めてきているのです。

海の見える所で生まれて、海に関わる仕事をする家で育った父の腰から出た私は、奥深い山の渓谷の流れの脇で生まれて、随分窮屈さの中にいた反動からでしょうか、海への憧れが大きいのです。父の血と言ったらいいでしょうか。男体山を遠くに見て落ち着きはするのですが、4ヶ月の栃木での生活をしてきて、やっぱり海が仕切りに見たくなり始めています。

特急電車で浅草に出て、隅田川の遊覧船に乗れば、海に連れて行ってもらえますし、湘南方面に接続する鉄道路線に乗れば、海は2時間もすれば見られるのです。砂浜で、押し寄せて砕ける、あの波の音も聞きたいのです。また、あの潮風に頬を当ててみたいのです。

私たちが住むそばに、「沼和田河岸(かし)」が、つい明治大正期まであったのだそうです。ここで、江戸の木場まで、木材や蔬菜や干瓢などを舟に積み、帰り舟に内陸部の生活に必要な荷を積んで、ここで積み下ろしをしたのだそうでです。いまではひっそりとしていますが、かつては賑わっていたことでしょう。

小舟に乗れば、二日もすれば東京湾に出られそうです。そんな繋がりを思いながら、通るたびに川面を眺めている私です。中国華南の街の中央に流れる河は、内陸部の深い所から流れ下っていて、よく野菜や果物を届けてくださる方が、元海洋航路の船長さんだったので、彼にエンジン付きのボートに乗せてもらって、その内陸部に遡上してみたくて、お願いしたことがありました。

下っていけば、東シナ海に出られるのです。わーっ、潮の匂いが恋しいなあ、の穀雨春雨の降る朝です。これから、その街から、家内を見舞いに来てくださった二人のご婦人が帰って行かれます。数日、料理や大掃除や買い物をしてくださったのです。まるで娘たちのように仕え、助けてくれました。お会いした時に泣いた家内は、別れに泣くでしょうか。

(巴波川の流れと岸の蔵です)

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