人を愛し

 

「登竜門」と言うことばがあります。「日本大百科全書」に次のように解説されてあります。

『立身出世のための関門や、人生の岐路となるようなだいじな試験をいう。「とうりょうもん」とも読む。竜門は中国の黄河中流(山西省河津県と陝西〈せんせい〉省韓城県との間)の急流で、ここを登りきった鯉(こい)は化して竜となるとの伝承があり、「後漢書(ごかんじょ)」のー「李膺(りよう)伝」に「膺、声名を以(もっ)て自ら高ぶる。士その容接を被る者あれば、名づけて登竜門となす」とあるによる。[田所義行]』

麹町小、府立一中、一高、東大という難関を突破すると、やがてこの日本の社会では、立身出世をすることができたのだそうです。文学賞に、「直木賞」とか「芥川賞」と言われるものがあり、日本の文壇で活躍するには、この受賞が欠かせないのだそうです。年に数人が、この「登竜門」をくぐっていくのですが、なかなか〈売れっ子作家〉にはなれなさそうです。

村立小学校の入学式にも出られず、三流大学を出て、名のない企業体に就職して、そこそこの給料で、結婚し、定年まで務めて、年金生活をして老いを迎える、ほとんどの人には、遥か遠くに「登竜門」を見るだけで、風呂屋かラーメン屋の「暖簾(のれん)」しかくぐることができないで終わるわけです。

日本には、国家公務員試験、司法試験、医師試験、公認会計士試験などの「難関」の試験制度があるのですが、中国には、「科挙(かきょ)」と呼ばれる試験制度があったようです。日本の比ではない、極めて難しい試験だったそうです。有名な詩人で、「詩聖」と呼ばれた「杜甫(とほ)」も、「詩仙」と呼ばれた「李白」も不合格でした。

ところが日本から、唐の都の長安に留学した、阿倍仲麻呂は、その「科挙」に合格し、唐代の行政の高官を歴任したと伝えられています。第二外国語ができただけではなく、難関をくぐり抜けたのですから、仲麻呂がどれほど優秀な人だったか知れません。

天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも

望郷の思いを込めて詠んだ和歌で、仲麻呂は有名です。けっきょく帰国できずに大陸の地に没したのです。華南の街の師範大学に留学した家内と私ですが、留学途中で職を得て、12年を過ごし、病気で帰国したのです。でも、やがて回復したら再び、唐の都にではありませんが、友人たちの待っていてくれる省都に、二人で帰ろうと願っております。

折しも、間近に迫った「端午の節句」を前に、この街の目抜き通りにも、巴波川の河岸にも、布製の鯉が吊るされて、春風の空を泳いでいます。子どもたちが健全な精神を宿し、健康であるようにと願って、あわよくば登竜門をくぐって出世できるように願って、そうしているのでしょう。この二十一世紀を生きていく子どもたちには、そんなことに脇目もくれず、人を愛し、人に愛されるようになって欲しいと願う早暁です。

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