父の涙


 1964年に開業した新幹線に《ビュッフェ(フランス語で食堂車)》という食堂車が付いていて、それを運営する「帝国ホテル」が、アルバイトを募集しました。東京駅で、入線してくる食堂に食材を積み込む仕事でした。バイト料の高い、とても良い仕事だったのです。仕事の合間には、高級なハムなども食べさせてくれましたから、人気のバイトでした。新幹線のプラットホームで逆立ちをしたり、地上転回をしたり、相撲をとって暇つぶしができました。残念ながら、新幹線に初めて乗った日のことは覚えていませんが、もっぱら学生が鉄道に乗るには、安い鈍行を利用するのが常でした。

 この新幹線ですが、開発を担当された技術者の中に、三木忠直(1909年12月15日~205年4月20日)がいました。戦争中に、「銀河」という高性能爆撃機、また「桜花」という特攻の戦闘機の機体を設計された方でした。初めて東京駅で、新幹線の勇姿を目にしたときに、『あっ、何かに似てる!』と思ったのは、やはり飛行機でした。箱型の電車やくすんだ色の汽車しか見ていなかった私には、その斬新なデザインを見誤らなかったのです。戦争が終わって、三木忠直は、戦時中、自分が設計した専用機で、多くの若者を死なせたことを悔いるのです。「銀河」は1100機も作ったと記録が残されています。罪責感のます中で、平和を考え始めていたようです。ちょうど、「三公社」の一つであった旧日本国有鉄道(現在のJRです)が、戦時中の陸軍や海軍で、技術研究をしていた研究者たちを、国分寺にあった「鉄道技術研究所」に雇入れたのです。その中に、三木忠直もいて、こう考えていました。『とにかくもう、戦争はこりごりだった。だけど、自動車関係にいけば戦車になる。船舶関係にいけば軍艦になる。それでいろいろ考えて、平和利用しかできない鉄道の世界に入ることにしたんですよ。』とです。


 三木忠直が、ある機関誌に、次のような証言を残しています。『私は戦前海軍で飛行機の設計に従事していました。戦闘機なみの速度を持ち、急降下爆撃可能な長距離爆撃機は「銀河」と命名されて1,100余機製造され、戦線に送られました。戦勢が我方に厳しくなってくると「特攻作戦」が行われるようになり、その一つとして双発の爆撃機の下に懸吊し、先頭に1トン爆弾をつけた一人乗り のロケット機が考案されました。我々技術者の反対にもかかわらず、この機は前線の要望と中央本省の命令により設計されることになりました。「桜花」と命名され、前線に送られましたが、米軍の制空権下では大きな戦果もなく、多くの若者が戦死していきました。

 そして敗戦。命令とはいえ、私の設計した飛行機で多くの若人が国のために散っていったことに深く心が痛む日々でした。その折、信仰者であった母と妻の勧めもあり、渡辺善太先生の門を叩きました。私の訴えに対し、聖書の教えとして

     「凡て重荷を負ひて労苦せる者我に来たれ。我汝等を休ません(マタイ伝11:28)」

との御言葉を示されたことが未だに胸に残っています。そして終戦の年の私の誕生日に先生から中渋谷教会で洗礼を受けました。なお、戦後米軍が「銀河」とそっくりの飛行機で直線長距離飛行の世界記録を出しましたが、平和だったら「銀河」で果たせたのにと残念でした。また、「桜花」とよく似たロケット機で、B29から発進し、航空機として初めて音速を突破する記録を作った機があります。私の設計が航空界のために役立ったのではないかと、技術者としていささか慰めともなりました。』 (鎌倉雪ノ下通信より)

とです。この方は、父と同学年で、同じ戦闘機の製造に携わった仲になるわけですから、同じ時代の嵐の中を駆け抜けて、生きてきたことになります。旧軍人だった彼の戦後の姿を、「NHKプロジェクトX~終焉が生んだ新幹線~」で見たことがあります。三木忠直のような脚光をあびる大事業に比べれば、名もない市井(しせい)の人でしたが、歯を食いしばりながら、男の子四人を、母とともに育て上げてくれたのですから、これだって大事業に違いありません。出典を覚えていませんが、私が好きな言葉は、

   父は父なるが故に、父として遇する。

です。『たった一人のかけがいのない父親なのだから、たとえ自分の父親は、栄光も賞賛も勲章がないにしても、ただ父であるという一点で、父として敬い、感謝し、労いなさい!』と言った意味でしょう。今朝、一人のお父さんの涙をみました。息子を殴ったことがあって、それを悔いて泣いておられたのです。そこに息子も夫人も居られました。そういえば、今日は「父の日」でしたね。『お父さんありがとう!』、嬉しい言葉でした。


(写真上は、鉄道博物館に保存されている「初代・新幹線」、中は、三木忠直が設計した戦闘機「桜花」、下は、父の「故郷」です)

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