いづみ

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人混みの中で、多くの人やざわめきに身を置くと、〈孤独〉を感じるのだそうです。洪水で住めなくなった家から、五分ほど離れたアパートに移り住んで、そこで新年を迎え、子どもたちの家族が帰省して来て、玄関から客間に行く廊下と呼んででいいでしょうか、そこを通るのに、壁に身を寄せて、道を譲らないとならないほど、家が混み合ってしまいました。

公共の場の人混みは、そうであっても、家族の集合は、温もりが溢れて、トイレを流す音も、シャワーの水音も、壁越しに聞こえてきて、人と音が止むのは、床に着いてからでした。寝てからも、いびきも寝言も、板の扉に足や手をぶつける音が聞こえてきて、〈音〉が溢れていました。

それが、潮が引く様に、みんな帰ってしまって、狭い家が、こんなに広かったのかと、再確認している、今です。暖房がついているのに、何か肌寒くなっているほど、子や孫がいる間は暖かかったのです。子どもたちが帰るのと入れ替えで、私たちが13年の内、12年を過ごした、華南の街から、一組のご夫妻が訪ねて来られました。好い交わりをしてきた方たちが、家内を見舞ってくれたのです。日中は、ここで過ごし、夜の宿を市内にご用意して、お交わりをしました。

この方を訪ねるのと、家内を見舞うのとで、京都から一人の方が見えました。「茶器」を持参されて、日本文化の象徴と言える、《お茶》を立ててくださったのです。茶筅で抹茶仕立ての美味しいお茶を、私の友人に淹れてくださったのです。友人夫妻は、美味しそうに頂いていました。狭い中で、《風流》を楽しませてくれたのは、実に《にくい心遣》でした。私たちも頂いたのです。

和菓子の用意をする暇がありませんでしたので、客用に用意しておいた、花林糖をお出ししたら、喜んでくださいました。昨日は、みんなで14人で、中国の最近を、ご夫妻から聞く機会がありました。その中に、ホームスクールをしておいでの小学生の姉弟もいて、炬燵で勉強をしていました。洪水での被災で、ボランティアで助けてくださった夫妻もおいでになられ、お持ちいただいたカレーで、お昼を共にしました。

実は、水道管の水漏れがあって、玄関の三和土(たたき)が水で溢れる中の来訪だったのです。原因が分かりましたので、近々工事が行われます。去年の水害に次いで、またの水害に見舞われていますが、〈いづみ〉が湧いているかの様で、これも嫌わないで、楽しもうと思う、正月明けです。「茶器」は、私たちへの贈り物なので、お茶を立てて、楽しむ様にとの優しさです。

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