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若い頃からの知り合いで、私を啓発してくれた友がいます。彼の読書量、蔵書量は、学術研究者や文学者の様で、先般の熊本大分地震の折には、その蔵書が、書斎や廊下、家中に散乱してしまったのだそうです。その整理に多くの時間を要したと言っていました。
彼は、ほぼ同世代で、共通の器から、生き方や考え方を学んだ時代がありました。ところが、読書量は比べることができません。英語も堪能ですから、洋書を読まれるのです。私など太刀打ちすることができません。だからと言って彼は、〈頭デッカチ〉ではなく、このたびの家内の闘病には、遠くから支え続けてくれています。
この友人は、一年一年、毎週書き残したものを製本されるほど、自分の思想の遍歴を残しておいでなのです。その書物が読みたくて、今、入院し闘病中の家内のそばにいるために、もう一人の友人の家の滞在先から、『読みたいのですが!』とお願いしましたら、数年分を、先週送ってくれたのです。
彼ほどの〈本の虫〉ではない私も、時々、人の思想に触れたくなるときがあります。その送っていただいた論集の中に、イギリスの詩人のテニソンの詩の一節を、彼が引用していました。
私は過去に出会ったすべての人の一部分である
I am part of all that I have met.
「私」が形造られるために、多くの人と「出会い」があり、その感化を受けて、今の自分があるのだと言うのです。父母兄弟と先生たちと友、様々な人との出会いを経て、〈一人の人〉になれるのだと言うのです。人の書き残した書物や新聞や手紙も、それに含まれるでしょうか。
良い人とも、そうでない人とも出会ってきたので、その多くの出会いが、心の中の《記憶庫》から思い出されるのです。父や兄たちの全てを真似し、友人や先輩の喋り方を真似をし、憧れの映画スターの仕草や服装を真似をした日を思い出します。唐詩や宋詩、古今東西の金言や格言などを覚えました。でも「人」との面と面と向き合った出会いから、人格的、精神的な多くの影響をいただいたのです。確かに、その人たちなしには、今の自分がないことが分かります。
そんな出会いや交流した日々を、今静かに思い返しています。まだ独身の頃に読んだ本の中だったと思うのですが、『男児《妻(さい)》を得て始めて人となれり。』とありました(うる覚えですが)。今春四月で、結婚生活が、満48年を迎えるのです。まさに《糟糠之妻》との「出会い」こそ、最高のそれであります。
その年月の様々を思い返して、感謝のあふれる夕べであります。
(鳥取県日野町が撮影した「鴛鴦(おしどり)」です)
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