スポーツには、「夢」があるのではないでしょうか。実際に闘う選手たちにも、それをすることはなく観戦し、応援するフアンにも、夢があります。選手の直向(ひたむ)きさがいいですね。野球やサッカーなどはメジャーなスポーツですが、そんなに華やかではなくても、どのスポーツにも、それに関わる選手にもスタッフにも、血を踊らせるものがあるのでしょう。
そう言った輝かしい面の背後には、名選手でも、例えば、野球の打撃を見ても、5割を打つ選手はいません、ほとんどが3割がトップの打率なのです。10回打席についても6〜7回はヒットにはならない、3回に1回だけがヒットなわけです。それと共に、高い調子を続けられなくなる「スランプ(slump)」に陥ることもあるようです。肉体的にも、心理的にも、原因不明の低調や不調に見舞われることがあるのです。ベーブルースを凌ぐような、あんなに好成績を打ち出す大選手でさえも、この経験があるのです。
年齢的にも、まだ若いのに、原因不明の不振の時を迎えます。人か抱える限界だって、やがてやってきます。強烈で、長期に亘る絶調を経験しているのに、突如として不振に見舞われてしまいます。それは、名選手を謙らせられる時なのでしょうか。不可避の限界点の経験なのです。
突然に、自分の思い通りのプレー(動き)ができなくなる、「イップス(yips)」もあります。野球やゴルフ、テニスなどのスポーツに多く見られる経験なのだそうです。緊張や不安などが原因するのでしょうか、精神医学的な症状と診られこともありそうです。神経疾患にもなるのかも知れません。期待過剰を感じて、それに応えられにように努力するからでしょうか。どうして、そんな時期がくるのかは説明できない状態です。
また「プレッシャー(pressure)」があるのでしょう。期待の重さにつぶれそうになることもあり、自分がそれを満たさなければならない、責任を果たさなければならないと言う思いの中に入ってしまうことがあります。心理的な重圧感も感じるからなのでしょう。褒められると、飛び上がって、アドレナリンが増し加わるのでしょうか活躍できる人もいれば、そうでなく重圧に負けてしまう人もいます。これらは人生の縮図のような一面でもあります。
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メジャーリーガーの鈴木誠也選手は、『野球はみんなが打てるわけではなく、助け合いです!』と、今回の大会後のインタビューに答えていたのを聞きました。本試合の打撃でも守備でも、そこで立って活躍できるのは、ほんの一部の選手であって、一緒に練習し合っている選手が多くいて、スタッフがいて、フアンがいて成り立つわけです。野球の寵児である大谷翔平選手は、自分の球団のスタッフに、心からの感謝を表す、もう一つ隠された面があるのです。
例えば、駐車場の係の方の名前を覚えていて、病気で休むとお見舞いに行ったり、掃除をされる方の名前を覚えていて、一人一人を名前で呼んで感謝を表したりするのです。自分が野球ができるのは、そう言った裏方さんがいて可能なのだと、感謝できる人なのです。それは、成績よりも凄いことなのではないでしょうか。この大谷翔平選手には、全チームへの献身と感謝があるのです。
フェアーな精神、対戦相手への想い、スポーツそのものへの愛、自分の球団に関わる方々への敬意などが、スポーツを娯楽以上のものにしているから、「夢」がふくらみ、叶えられのでしょう。脚光を浴びる試合に出て活躍するために、グラウンドで汗💦まみれ、泥まみれになってなされる隠れた練習が積まれ、重圧に押しつぶされそうになっていることを知ると、それらがあるから、それを克服しようとする影の部分があって、さらに興味を倍増させるのでしょう。
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そこで野球に関する、私の大好きな話しを一つしてみましょう。大分県別府の出身の稲尾和久選手は、漁師の子で、1937年に7人兄弟の末っ子として生まれています。お父さんは人の手で艪を漕ぐ舟に乗り、漁をします。お母さんは夫が獲った魚の行商に出て、売り歩いたのです。その最中に、産気づいて和久を産んでいます。漁師を継がせたいと考えていたお父さんの願いで、小学校に入学すると、和久少年を伝馬舟に同乗させて、舟の艪を漕がせたのです。
稲尾和久選手は、『薄い板一枚隔てて、下は海。いつ命を落とすか分からない小舟に乗る毎日でしたが、おかげでマウンドでも動じない度胸がついきました!』と子どもの頃を述懐しています。肩や下半身の強さは、お父さんの漁の手助けで鍛え上げられたことで、名投手となって、日本プロ野球に名を残したのです。
そればかりではなく、投手として登板し、次の投手にマウンドを、稲尾和久選手が任す時に、必ず自分の使って荒れたマウンドを、手で整え直して、ロジンバッグを元の位置に置き直し、ボールを渡したのです。そんな、だれにもできないことのできる名投手でもありました。表と影との、そんな調和を持っていたのは、この時代に大活躍している大平翔平選手のしていることに並び評される野球人だったのです。
夢を見るのは、年齢に関係ありません。聖書には、「老人は夢を見(る)」とあります。みんな夢を見ながら、今を生きるのでしょうか。若い人たちには夢を、もっと見て欲しいものです。
(“いらすとや”の投手と、グラウンド整備、漁をする人と舟です)
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