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『まさしく、聖書に書いてあるとおりです。「目が見たことのないもの、耳が聞いたことのないもの、そして、人の心に思い浮かんだことのないもの。神を愛する者のために、神の備えてくださったものは、みなそうである。」(1コリント人2章9節)』
2000年代に入る直前になりますが、兄のように慕っていた牧師さんに誘われて、アメリカ北西部、オレゴン州にある一つの教会を訪ねたことがありました。その教会は、Portlandと言う大きな街に隣接する Beaverton にあって、教会全体で私たちを大歓迎してくれたのです。Mehl 牧師がサインしてくれたみことばが、上記のあq聖句です。
空港からホテルに着きますと、部屋のテーブルの上に、白い布製のバッグに、果物とクッキーやチョキレートやチーズがいっぱいに入れられて置いてありました。中にはカードがあって、歓迎の旨が手書きされて入れてありました。そのカードには "100$札" が添えられていたのには驚かされたのです。
父親や母親にもらって以来の《お小遣い》で、遠足気分が盛り上がってしまいました。どうも牧師夫人のアイデアだそうで、どんな歓迎ぶりだったかがお分かりいただけると思います。この街から北の方角に、Mt.フッドがそびえていて、お隣の「バラの町」(The City of Roses)」と呼ばれるポートランドのベッドタウンなのでしょう。そこはアメリカで、メル牧師も奥さまも、他の州qの出身でした。
この教会のメル牧師さんは、背の高い方で、私と同世代でした。聖書学校時代の学友同士で結婚されて、お二人の男のお子さんがおいで、当時は公務員だったのですが、今は献身されておいでと聞きました。メル師は、しばらく白血病と闘っておられて、牧師室を訪ねた時は、ちょうど Chemotherapy の治療の日でした。私たちが待つ中に、帰って来られて、大きな腕でハグの歓迎をしてくれたのです。
その様子を、男性の秘書が苦い表情をして俯いて、椅子や机などを白い布で拭いていたのです。キモ治療をしたら、握手とかハグは禁物なのです。感染しやすいので要注意で、それを心配した秘書の方の行動だったようです。当のメル牧師さんは、そんなことはお構いなしで、ニコニコしながら談笑していたのです。こちらが注意すべきでしたが、それほど遠路をやって来た一行を暖かく受け入れてくれていたわけです。
この教会には、40人近いスタッフがいて、歓迎会の時に、互いに挨拶を交わしたのです。訪問団には、他に一人の、同じ団体の牧師さんと、小学生のお嬢さんの混じる兄弟姉妹とがいました。そのお嬢さんも白血病を病んでいて、そんな親密さがあって参加されたそうです。メル牧師さんは、殊の外、このお嬢さんに気を使っておいででした。
スタッフの中に、近くの街で、以前伝道されていたのですが、疲れ果ててしまって退職されていた方が、ロン牧師さんと出会い、その交わりの中で癒され、招かれて、その教会の奉仕に迎えられたと、涙を流しながら感謝して話してくれました。そういった方々が何人かいて、互いに受け入れ合い、感謝しながら、素敵な教会を形成されておいででした。
私たちのところに、アメリカからやって来られた宣教師さんたちも同じなのですが、立場や呼称といったものへの拘りを持たないので、権威主義に流れることがなく、みなさんが友人のように接してくれました。それでも神の権威を持たれているのが分かる、実に柔和な教会人が、このメル牧師さんたちでした。美味しい日本式ステーキハウスに招いてくださった時の写真が、残っています。
この方が書かれた本が、全米のキリスト教界のベストセラーになっていて、孫も娘も私も、愛読の一書に加えています。その一冊の題名は、” God Works Night Shift “ で、Golden Medarion という、アメリカのキリスト教出版の賞を受けたものです。聖書学校で出会った親友のロイ牧師に謹呈されて出版されています。同じ州で牧会をしていて、毎晩、電話で激励し、祈り、支えてくれた友への感謝が巻頭に記されてあります。
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そのロイ牧師が、他の州で奉仕をした帰り、ご自分で操縦する飛行機の事故で亡くなってしまったのです。その時に、その教会に所属し、教会の domitory (寄宿舎)に住んで、学校で学んでいた長男がいました。そんなことで、不思議な関わりのある、このお二人には感謝でいっぱいなのです。『Ron meal 牧師は、2003年5月30日に、家に帰られました。』と言う教会のお知らせを聞きました。私たちが訪ねて、四年ほど経った時のことでした。
実はこの牧師さんたちの所属する団体で、中国宣教をされた方が、中国の政変で国外退去になり、日本にやって来られ、東京近辺で宣教活動をされたのです。私は、メル牧師さんの教会での歓迎会で、『戦後間もない時、私の家内の家では、みなさんの教団から、最初の日本宣教をされた宣教師夫妻の家庭集会が行われていたのです。』と話しましたら、驚いたり喜んだりしてくださったのが昨日のようです。
その後、このメル牧師に会わせたくて、家内を連れて、ビーバートンを訪ねたことがありました。結婚三十年の記念も兼ねてだったのです。日曜日に礼拝に出席した後、ちょうど娘たちがそこに来ていて、メル牧師は親子だと分かったようでした。
下の娘の家族は、メル牧師の親友、ロイ牧師さんの始めた教会の礼拝に集い、婿殿は、時々青年たちへの務めをしています。長男、長女、次女、次男の4人の子どもたちが、礼拝を守ったことがあります。今は孫たちも学生会に加わって、次女夫婦と共に教会生活を送っております。
所属する団体や教団は、歴史性の違いで、ちょうど上着やコートの作りや製造所が違うのと同じなのでしょうか。〈違うこと〉ではなく、《同じこと》を共有できる喜びがあって交流ができるのです。訪問をお誘いくださった牧師さんが、先月召されたのです。いつかは、その時が来るのですが、出逢ってお交わりをせていただいた方々が、最近、主の御許に帰って行かれています。懐かしくも楽しかった交流は、忘れられません。でも、同じ馳せ場を走り抜けたみなさんとの再会の望みがあると言うのは、なんとも素晴らしいことではないでしょうか。
(写真は現在のこの教会のHPによる礼拝の様子です)
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