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学校に行くようになって、16年間教育を受けさせてもらって、その学校教育を受けて、感じたことの中で、漢字、言葉を覚えたことは大きかったのです。日本人として、言葉を両親や兄たちから、先ず学んだわけです。きっと食いしん坊の私は、食べ物から学び始めていたに違いありません。食べ物を「まんま」と学んだのでしょう。美味しいのを、「うまうま」と言ったに違いありません、水は、「ブー」だか「プー」だったのでしょう。
どうも「あ行」の言葉から始まっているのでしょうか。あまり手癖も良くなく、欲張りでしたから、財布(フウフウ)とか金(ゼゼ)とか株(カカ)を覚えたことでしょう。
父が、広辞苑を買ってくる前に、家には、父の書架に一冊の小型の辞書があっただけでした。自分で引けるような辞書がありませんでしたから、よく上の兄に、分からない言葉の意味などを聞いたのを覚えています。たとえば兄の読んでいた本を、チラっと読んだ時に、「くるわ」と言う言葉が出て来たのです。難しい漢字で「廓」でした。『何のこと?』と聞きましたら、兄はお茶を濁して答えてくれませんでした。
今でしたら、スマホやiPadで検索することができますが、とっさの疑問には聞く以外なかったわけです。1955年11月に、広辞苑が刊行されるとすぐに、父が買って帰ってきました。言葉への関心が強くなっていったでしょうか、中学生になっていましたから、「言葉遊び」のように、次から次と関連している言葉を、その辞書で引いては、覚えていったのです。
けっこう、人の前では言えないような言葉を見つけては、自分の秘密にして、大人の世界の闇に中に滑り込んでいったのです。上の兄が、文学部志望だったようで、よく小説を読んでいましたので、兄の読みかけて置いてある本を開いては読んだのです。
その一冊が、田宮虎彦の「足摺岬」でした。それは、自殺願望者の独白で、四国高知の足摺岬を目指して、それを遂げようとする青春懐古記なのです。汽車を乗り継いで、岬まで行くのです。行き交う人の中に巡礼者や商人たちがいて、彼らと同宿して、その宿での会話が綴られていました。
死のうとしている学生の行状記を、活字で読んで、初めて「死」の問題を考え始めたのです。夏だったでしょうか、近所の子どもが、腐ったものを食べて、疫痢で死んだとか、川で泳いでいて溺死したとか、米軍機のパイロットが、基地帰還の折に墜落して死んだとか、列車事故で近所の線路でアメリカ兵が死んだとか、叔父が太平洋戦争で戦死したとか、会ったことない祖父母の死とか、見たり聞きしましたが、死に行く様子を見たことはなかったのです。
死とか自殺など、中学生の自分には考えもつかないことで、死のうとしている心理と、それを思いとどまらせようとしていく大人たちとの会話が、その本に記されてあって、驚き怪しみながら読んだのを覚えています。けっきょく自殺はしないで、その学生は東京の学校に戻っていくのです。
もう一つ、『悠々たる哉天壤、遼々たる哉古今、五尺の小軀を以て此大をはからむとす。』と辞世の句を残して、日光の華厳滝で自殺をした、藤村操の話を、父から聞いたと思います。哲学を学んでも、生きることの「不可解さ」に破滅したのです。十六歳という年齢での自死を、衝撃的に聞いたのです。
あの時代の旧制高校の学生の語彙力にも驚かされたのです。田宮虎彦は思い止まり、藤村は実行した、この違いが、問いかけられたようでした。小6の修学旅行で、この華厳の滝に行った行きましたが、その後だったかに、この人の死を聞いたのです。
5年ほど前に、日光の宿泊施設で過ごした時に、施設の親会社の職員の方が、『午後時間が取れるから、中禅寺湖方面にお連れしましょう!』と言って、家内と二人、連れ出してくれたのです。その折に、華厳滝にエレベーターと階段を歩き継いで、見晴台まで行ったのです。初秋の景色は美しく、こんな美しいところで自らの命を絶ったことを思い返して、『もったいない!』と改めて思ったのです。
どうして日本人は、自殺願望に誘惑されやすいのでしょうか。日本的な宗教的な背景があって、薄ぼんやりとした、未知な世界に逃げ込む思いが、挫折すると強くなるからでしょうか。死生観、とくに死についての備えがはっきりされていないからではないでしょうか。それで生きるのも難しくなります。
いのちの付与者の神さまは、『生きよ!』と言います。神から離反された者である破壊者、謀叛者は、『死ね!』と誘惑して、共に罪に堕ち、破滅に誘うのです。死のうとする決断があるなら、生きられるのにです。
曖昧なままでいるので、不安に駆られてしまうに違いあります。神さまの警告を破って、罪を犯し、自責の念に駆られたアダムに、『あなたは必ず死ぬ(新改訳聖書 創世記2章17節)』と、いのちの付与者は言われました。こうして全人類が罪を犯した結果、『アダムは全部で九百三十年生きた。こうして彼は死んだ(創世記5章5節)』、最初の人は、罪の故に、「こうして死んだ」のです。
父も母も、義妹も、甥も、恩師たちも、級友たちも、先輩たちも死んでいきました。ところが、それで終わりではないと、聖書は言うのです。聖書は、「永遠」に言及しています。死があるように、永遠があるのです。で、どこで、その永遠の時を過ごすかについても言っています。「永遠のいのち」に生きるか、「永遠の死」、すなわち「第二の死(黙示録21章8節)」の世界にい続けるかの二者択一が決まるのです。
亡くなった人は、墓にいるのか、仏壇にいるのか、黄泉に世界にいるのか、はたまた極楽や天国にいるのか、だれも知りません。「死の世界」にいるのです。そこにいる死者は、例外なく、神の前に立つのです。そして、行いに応じて裁かれます。これを免れる者は誰一人いません。ところが、私には、「弁護者」がいてくださると信じているのです。主でいらっしゃる救い主キリスト、生ける神の御子イエスさまがです。
みなさん、永遠に向かって、生きていきましょう。そして、生きつづけてまいりましょう。
(ウイキペディアの「足摺岬」、「華厳滝」、Christian clipartsの「イエスさま」です)
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