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今、家の近くの公園のベンチに座っています。先日、痛めた左足の筋が、怪我を忘れて足を延ばしたら、痛くて歩けないくなってしまたので、ベンチに、やっとたどり着いて座ったところなのです。
目の前を真っ白な半袖シャツに黒ズボン、背中にザックを背負い、ズック靴の高校生が、二、三人の集団でまた1人でと、次々に通り過ぎていきます。駅に向かう通学生で、近隣の街から電車通学をしているのでしょう。けっこう真面目な学生たちに見えます。
この公園に隣接する、もう一つの公園に、だいぶ砕けて、シャツの裾を出した高校生の一団が、嬌声を上げながら、噴水の周りで、ズボンを捲って、水に入ったりしてふざけ合っているのです。女子高生も混じっていて、その横を通って来たばかりでした。
期末試験があるのでしょうか、今日の科目が終わった開放感で、高校生たちの二様の様子を眺めているのです。もう60数年前の自分を思い出して、どちらの集団に属すのか思い返していました。大学生の兄の真似で、帽子に溶き卵を塗って、フライバンの油で揚げて、それをこすってこすってを繰り返して、バンカラ風に磨き上げたのをかぶっていました。
私立校のジャバラの制服で、テカテカ帽には校章がついていて、どこの高校生か一目瞭然でした。もう今では言わない、トッポい目立ちたがり屋の格好だったわけです。もちろん同じ学校の多くの高校生たちは、キチンとしていましたから、わけありの自分は、だいぶはみ出し者でした。
どうも噴水で、嬌声を上げている一団は、自分のようで、目の前を通り過ぎて行くのは、名門伝統校進学校の高校生ですから真面目で、自分には似ても似つかなかったのです。東大に何人という風に数え上げられている高校の生徒なのだそうです。
双方とも、若さを精一杯に生きているのですが、表現と格好と行動が違うのです。でも20年、いや50年、時が経ったら、この両者は、どれほど違うのかは皆目分かりません。これまでで、一番だと思う恥ずかしい経験は、同じクラブで走ったり跳んだり投げたりした同級生が、自分の働いていた職場を、突然訪ねて来たのです。
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都内のお嬢様学校で、けっこう歴史のある学校で、旧国鉄線や地下鉄線で通学してくる学生たちの学校に、勤めていた自分を、『本当かどうか?』を、その目で確かめに、同級生を代表してやって来たわけです。目をマンマルくして信じられないように、驚いていたのです。まさかが本当だったので、それでも手土産の和菓子と金一封を持参してくれたのです。
まあ、あの学校での格好と行動を見て、高校教師になるだろうとは予測もできないで、肩透かしを食った風に確かめて、背中を向けて帰って行きました。彼は、背番号5のバックスをしていた、大きな駅の近くで、大きな豆腐店をしていた家の息子で、彼のお兄さんも同窓でした。
人生には、意外なことが溢れているのです。まだ意外なのか、当然なのか、関東平野の北の街に住んで、下野訛りの喋りをするみなさんの中に住んで、西の空を見て、明日は晴れとか曇りとか雨降りとかを、思ってみる人生の展開に、ビックリしているのは、この自分に違いありません。
(“いらすとや”の「噴水、“イラストレイン“の「高校生」です)
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