『陽気な心は健康を良くし、陰気な心は骨を枯らす。“A merry heart doeth good like a medicine: but a broken spirit drieth the bones.(King James version)“(新改訳聖書 箴言17章22節)』
創建で、薬も医師も必要なく生きている方を、『医者いらず!』と言うようです。父が医者にかかったのも、家で伏せっている姿を見たことがありませんでした。布団を敷いたままでいることが一度もなかったのです。早寝早起きを励行し、滅多にないことでしたが、体の具合が良くないと、母に、風呂を熱く沸かさせて、ウーッと唸りながら入って、頭にハチマキをして、早々と布団の中に入ってしまいました。
翌朝、スパッツと起き上がって、朝食を摂ると、ワイシャツにネクタイ、ピカピカに磨かせた黒革靴を履いて家を出て、電車で東京に出勤して行くのです。背丈は高くなく、小太りで、血色も良く、背筋を伸ばして颯爽として、格好が良く、健康だった印象の強い父でした。
中央線に乗って、引っ越してからは、小田急線に乗り換えて電車通勤をしていました。そんな父が、小田急線の電車が急ブレーキをかけた時に、くも膜下出血を起こしたのです。帰宅後でしょうか、具合が悪いとのことで、町立病院にかかって、入院してしまいました。材木を運ぶトラックの助手席ににっていて、河原に転落して、怪我をしたこと以降の出来事だったのです。
そこから退院する日の朝に、脳梗塞起きて、そのまま亡くなったのです。なんの前触れもなく、目と目を合わせることもなく突然の死でした。牧師になったばかりの上の兄が、その父の告別式をしてくれました。明治末期に生まれ、61歳の誕生日を迎えたばかりの短い生涯でした。初めて大泣きをしました。
見送ることもない別れでしたが、思い出はたくさん残してくれたのです。父に比べ、就学前に肺炎で死線をさまよった自分ですが、こんなに生きることができているのは、オマケのような今を感じてなりません。五月になると、鯉幟を買ってきて、庭に柱を立てさせて、四人の息子たちの健康を願い、祝福してくれたのです。
母の里からは、祖母の手作りの「粽(ちまき)」が、毎年送られてきました。蒸篭(せいろ)で、母が蒸してくれて、砂糖醤油をつけてほうばったのです。伝統的なしきたりを守ることのない父と母のもとでの、唯一の季節感のあった時節だったでしょうか。中国での13年間に、教会においでのみなさんから、また近所の方たちから、笹の葉で包んだ、胡桃や肉や豆入りの、地方や田舎の伝用的な粽を、よく頂いたのです。サツマイモやライチ、鮑や生魚なども頂いたりでした。
食べ物でも着る物でも、生き方全般に、「健康志向」や、懐かしい「ふるさと回帰」が、日本でも中国でも、ここハワイでも見られるのでしょう。一昨日は、家内の病後と健康維持のために、何種類ものサプリメントを買ってきてくれています。街中で、その商売をしている方が、いろいろなサプリメントを扱っているそうで、それを長女も次男も求めてくれています。
また迎えるのに、また買い物ついでに、長女が「アロハシャツ」を買ってくれています。以前、娘が買い贈ってくれた「甚平(じんべい)」を持参したのですが、なんとなくこの両者は、似た物同士のようです。日経移民が、日本の着物に愛着があって、それにヒントを得て、和装のリメイクで作られ、売られてきたのが、アロハシャツなのだそうです。リゾート着にも式服にも用いられるそうで、Tshirt流行りの昨今でも人気があるようです。
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知り合った牧師さんのお世話があって、長男から始まって、娘たち、そして末の子の次男まで、ここオアフ島やビッグアイランドのハワイ島で学ぶ機会が与えられてきましたので、肝入りのハワイなのです。一仕事を終えた今、こんなにゆったりした時を、脇役に回ったのか、主役に返り咲いたのか、子どもたちの思いを受けて、こんな風に過ごさせてもらっていることに、二親は感謝と喜び、陽気な心でおります。
(”いらすとや“のハワイ諸島図です)
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