華の甲子園

 大阪国際港に入港したのが、朝の8時過ぎだったでしょうか。もう夏の陽がカンカンと照りつけていました。上陸の手続きを済ませて、地下鉄・中央線の「コスモスクエア駅」から電車に乗り込んだのです。『夕方まで何をしようか?』と思い巡らせていたのです。その日は、一度、カプセルホテルに泊まってみたくて、心斎橋のホテルの予約を入れておいたから、夕方まで時間がたっぷりあったからです。『どこか観光をしようか!』と考えていたら、ふと「甲子園」という思いが湧きがってきたのです。『いつか高校野球を観戦したい!』と思い続けていたのを思い出したのです。それで前の席に座っていた方に、『甲子園はどこで乗り換えたらいいのですか?』と聞き、教えていただいた乗換駅で降りたホームで、『どの電車に乗ったらいいのですか?』と、また聞いたのが、3人のおばさん連れだったのです。『私たちも、これから応援に行くところです!』というので同行させてもらったのです。

 このおばさん連れの一人が、島根県浜田市の出身で、『島根県代表の淞南(しょうなん)高校の応援に行くのです!』といったのです。母が島根県出身でしたから、タイミングの見事さに呆れながら、この方からチケットを頂き、4人並んでアルプス席に陣取ったのです。相手校は、岩手県代表の「盛岡大附属高校」でした。昨年、地震と津波で震災を受けた県の代表でしたので、一塁側への思いも向けることにしました。実に強烈な日差しで、坊主頭の頭皮が剥けてしまうほどでした(2、3日したらボロボロと落ちてきました)。『いいぞ!いいぞ!淞南!』の声に合わせて、応援をしました。私の応援の甲斐があったのでしょうか、延長12回5対4で勝つことができたのです。

 終わる直前に、おばさんたちが引き上げて行きましたので、『もう一戦観ていこう!』と思って、外野に目を向けたのです。ところが、どこにも日陰がないのです。帰国早々、熱中症にかかってはいけないと、歳相応の決断で諦めて、場外にあった「甲子園ラーメン」に入って昼食を済ませました。それから阪神電鉄で「なんば」に出て、地下鉄に乗り換えて「心斎橋」で降りたのです。アーケードの通りを通ったのですが、大都会の繁華街なのでしょうか、週日だというのに、数えきれないほどの人が行き来をしていました。さながら、銀座や新宿や渋谷といった観がしました。大阪の街を歩くなんて初めてのことでした。

 何度か道順を聞いて、カプセルホテルに投宿しました。船の中にも浴場があって、航海の間、5回ほど入ったのですが、それとは比べられない大きな浴場があり、サウナもあって、日本を楽しむことが出来たのです。『道頓堀で夕食を!』と思ったのですが、「夕食300円」につられて、外に出ずに食事を済ませ、また風呂に入ることにしたのです。これまで外泊でホテルに泊まる機会も少なくなく過ごしてきましたが、すっかり「カプセルフアン」になってしまいました。ちょっと鼾(いびき)をかいてる人もいましたが、狭い空間の中で、他に気を取られることもなく熟睡でき、都会の旅の宿としては最高でした。食べたことのなかった「豆腐ハンバーグ」というのを出してくれたのですが、これが実に美味しかったのです。300円で3つもあって、味噌汁やサラダや漬物もついていました。『日本は綺麗で、美味しくて、静か!』を、大阪のどまんなかで味合うことが出来たのです。

 翌日、大阪駅から、ネット予約をしておいたJR高速バスに乗って、東京駅日本橋に着いたのが、夕方7時半頃だったでしょうか。夏のゴールデンウイークの開始日、花の金曜日の夕方でしたから、道路も渋滞していたので、そんな時間だったのです。リュックを背負い、麦わら帽子をかぶって、山手線に乗り込み、恵比寿でおり、次男の家に着いて、旅を終えることができました。暖かく迎えてくれた次男と握手して、再会を喜んだ次第です。久しぶりの、初めての日本を楽しめた一日でした。

(写真は、高校野球の甲子園球場です)

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