今日では、あまり話題にならなくなったことに、「マイ箸」がありました。食堂に入っても、備え付けの「割り箸」を使わないで、持参の自分の箸で食事をする人たちが、わずかですが見かけたことがありました。私も、そのことにl賛同し、箸を持参しましたが、外食の機会が少なかったので、それを使うことがなくなってしまいました。
この割り箸が、東南アジア、とくにマレーシアの原生林を伐採した木材が、以前は原料になっていたのです。それで、原生林に棲息するオランウーターンの生活圏を破壊している現状を、識者が憂えていたのが問題提起の発端だったと記憶しています。もう迷惑なことと言うよりは、原住の彼らの生存を脅かす危機的なことだったわけです。
これが自然環境の破壊の一例で、アレーシアのサラワクでの木の伐採を考えますと、私はしばらく華南の地にいたので、その地域には、竹がたくさんあるのを覚えているのです。森林公園の中には、様々な竹が育っていて、風に揺れる竹の葉同士が触れ合うサラサラという葉音は、何か音楽を聴くように爽やかだったのです。あの竹が乱伐されたら、どうかと考えたのです。今や竹材が割り箸に使われているからです。
そのサラワク州の森林地区に住んでいるみなさんが、日本に来られたことがあったのでしょうか。陳情団だったのでしょう。日本の様子を見て、『日本にも山があるじゃないか!』と絶句したと言っておられました。絶滅危機に瀕してるオランウータンについて、『森さえあれば何不自由なく幸せに暮らせるのに。日本人はなぜ、サラワクにまで来て木を刈るにかと!』とも言って、訴えていたそうです。
日本の林業の現状を考えますと、輸入材に頼らざるを得ないことも、その理由の一つなのです。つまり、林業従事者が激減し、現役世代も老齢化し、後継の若い世代が育っていない現状なのだそうです。私の父が、戦時下、軍命で従事していた、鉱石の採掘事業は、敗戦と共に終わってしまい、戦後を生きるために、軍需産業で使っていた索道(ケーブル)を利用して、県有林の払い下げで、木材を伐採して、京浜の木材業者に卸す仕事をしていました。
森林や林を再生するには、植林しか方法がないのですが、その植林で、木材として利用するためには、長い生育の時間がかかるのです。マレーシアで、そう言った長期的なことに配慮しながら、今の必要のために木材を伐採させていたのでしょうか。そう言ったことなしの乱伐では、森林は死滅してしまうわけです。
オランウータンの危機というよりは、森林の危機、自然界の均衡を破る危機、地球規模で保全を破ってしまうといった地球問題も孕んでいようです。
今は、日本のラーメン屋やうどん屋などに置かれている割り箸の輸入先の90%は、中国だそうです。そこでもサラワクと同じ問題が起こってしまうのでしょうか。食堂だけではなく、お弁当を買いますと、箸がついているか、レジで、それを求めることができます。地球資源に限りがあることを考えますと、今の必要を満たすことが、将来の不足を生んでしまうのは、割り箸だけの問題ではなさそうです。
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