明治の光

.

.

 まだお酒を飲んでいた若い頃、酔っていた私は、電車の中だったか駅のプラットフォームだったか、『妻をめとらば才たけて みめ麗しく情けあり・・・♭(「人を恋る歌(作詞が与謝野鉄幹、作曲者不明)」』と歌っていたら、聞いていた初老の紳士が、『いいですね、そんな歌を歌うんですね。君、「才長けた妻」なんていないよ。でも出会えたらいいですね!』と声を掛けてくれたことがありました。

 よく声を掛けてくれたものです。小生意気な私に、そのまだ純粋さを、そう言って心配してくれたのでしょう。よく本を読みました。今では〈本を読まない学生〉が多くいるそうで、日本中で本屋が閉まり始めて、もうずいぶんになります。与謝野鉄幹の明治や大正や昭和の学生さんは、書を読んだのです。そして多くに先人は、『書を読め!』と勧めるのです。

 旧学制下の旧制高校では、《必読書》があったそうです。『これ読まざれば学生に有らず!』と言われたものが、三冊あったのです。それは、西田幾多郎の『善の研究』、阿部次郎の『三太郎の日記』と倉田百三の 『出家とその弟子』でした。

 人として生きていく上での基本的倫理観、人生観、人間観、死生観を学ぼうと、当時の学生は躍起だったからでしょう。いえ先輩たちが、新しく入学してきた高等学校生に学んで欲しかったからだったのです。これらは、「日本的名著」と言われています。

 文明開花の明治期に、欧化政策の下、「日本精神」が忘れられようとする恐れがあって、日本的なものが、その反面で叫ばれ、求められていたようです。日本人のidentity が影薄くなってしまう危惧を感じて、内村鑑三の「代表的日本人(1994年刊/内村33歳)」、新渡戸稲造の「武士道(1899年刊/新渡戸36歳)」、岡倉天心の「茶の本(1906年/岡倉43歳」が表されました。日本、日本人の在り方を、過去の時代に求めた訳です。〈古き良き日本〉への回帰です。それらは素晴らしい名著です。
.

.

 でも、明治期の近代化の基礎は、欧米諸国に学んで据えられたことを忘れてはなりません。内村も新渡戸も岡倉も、若く30代ほどの作品です。彼らは英語で執筆したのです。と言うのは、読書の対象を欧米人にしたからです。まさに明治期日本人の劣等感のなせる業だったとも言われています。明治期の青年たちは、英語やドイツ語を学び、西洋の文学や思想に学んだのですが、反面生まれ育った国への思いも強かったわけです。

 でも、そう言った劣等感があって、その裏返しの優越感が日本の優秀性を紹介したのでしょう。でも、日本人の優秀性が先走りして、感謝と謙遜さを忘れて、「日本主義」を生み出したとするなら大きな問題だったわけです。日本の優点が強調され過ぎると、「大国主義」、「軍事強国」に繋がり、その危険性が、戦争へと傾き、取り返しのつかない惨めな結末に終わったわけです。

 日本には感謝すべき優れたものがありました。でも謙遜さを忘れてしまうと危険なものになってしまいます。そんな時代下で、内村や新渡戸は、子供の頃から、武士の子の習いで、論語や朱子学を学んでいたのですが、「進取の精神」の旺盛な青年期に「聖書」と出会い、それを読んだのです。そして「書の書を読む」ことを励行したわけです。

 西洋思想の重要な基礎である「聖書」に、彼らが触れたのは、実に素晴らしいことでした。価値観や人生観や死生観が変えられ、生き方までも変えられてしまったのです。何よりも、《神の前に立つ私》を認め、基督者とされたことは、驚くべきことでした。とくに内村鑑三は、学問書ではなく、「信仰書」を著したことは特筆に値します。その書かれた書を、多くの青年が読んで、大きな影響力を与えられて行ったのです。

 新保祐司氏(都留文科大学教授、文芸評論家)が、「明治の光 内村鑑三」という本を、藤原書房から刊行しています。「富国強兵」の明治に、「光」を放っていた内村鑑三の感化力は驚くべきものがありましたし、今なおあります。この書の裏に、徳富蘇峰の言葉が記されています。『内村さんのような人が明治に産出したことは明治の光だと思う。』と。

 内村の書を読み、聖書講義を聞いて、この「光」に寄せ集められ、啓発された多くの有名無名の若者たちが、「日本の良心」を堅持し、義を愛し、誠実に、謙遜に、この日本を形造り、推し進めてきたのです。この夏、水上に行く途中、上州高崎駅で乗り換えて帰宅しました。その高崎は、高崎藩の城下町、藩士の子として、内村は江戸小石川で生まれています。父親の勤務の都合で、高崎で12才まで過ごしたのです。16才ほどで、札幌の農学校入学し、一級上の大村正健らとの交流の中で、キリストを信じ仕える決心をして、その信仰を生涯全うしてしています。

 私も、個人的に大きな感化を内村鑑三から受けていますから、「光」に照らされた一人なのでしょう。明治は、明治末年に生まれた父と、この内村鑑三が代表して、私の内にあります。昔の書生さんが読むように勧められた書を、今は読まなくてもいいですから、内村鑑三の「代表的日本人」、「後世への最大遺物」、「デンマルク国の話」は、文庫版で本屋にありますから、読んでいただきたいな。あの初老の紳士が願ったように、「相応しき妻」と出会って、五十年伴に生きて、今があります。

. 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください