剣や拳ではなく

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 『シモン・ペテロは、剣を持っていたが、それを抜き、大祭司のしもべを撃ち、右の耳を切り落とした。そのしもべの名はマルコスであった。そこで、イエスはペテロに言われた。「剣をさやに収めなさい。父がわたしに下さった杯を、どうして飲まずにいられよう。」(ヨハネ18章10〜11節)』

 「特技」があるでしょうか。手の器用な方は手芸、描写力のある方は画家や書家、運動神経の良い人は運動選手などなどです。男四人で育ったからでしょうか、喧嘩慣れしていたり、殴られても痛さを我慢できるからでしょうか、喧嘩に強かった私は、他に良いところがないこともあって、オトボケで〈特技喧嘩〉と言うバカげたことを言ってきました。

 学校の同級生が、『準、お前はケンカが強いんだそうだな!』と言ってきたのです。彼の同級生と私の同級生が、同じ学校で出会って友だちになったのでしょう、色々な話題の中で、私のことが話題になって、仕入れた情報が、そのことでした。タイマンと言う喧嘩で、私に殴られた同級生が、殴った私を、〈喧嘩に強い奴〉と紹介した様です。よその学校にまで鳴り響いていたのですが、自慢にはなりません。

 岡山の吉備中学校に、「話せばわかる」と言う文が書かれた碑があるそうです。「五一五事件」で血気にはやる青年将校に射殺された犬養毅首相を記念にしたものです。〈暴力〉で問答無用な行為は、民主主義の敵だから、その凶暴に倒れた先輩の言を、後輩が心に刻む様に、書き置かれているのでしょう。

 今の社会が、人間の関わりも、同じ様に硬化して、融通やゆとりがなくなってしまっているのではないでしょうか。話し合いも、相談も、説明もなしで、事が決められ、それが押し付けられている状態です。極論がまかり通ってしまって、一方的なのです。もう少し付け加えますと、柔軟性がなくなって、高圧的傾向にあります。

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 相手を、言葉で説得する努力が欠けている様に感じてなりません。やはり〈ことばの人〉であるなら、丁寧に使って欲しいものです。あの青年将校が、時の総理から聞く余裕があったら、あの暴力事件はなかったはずです。私は、母の祈りがあって、信仰者になってから、生き方として、拳で事を決することをしなくなりました。一、二回は失敗がありましたが、自制しながら今日まで生きてきました。

 ペテロが、剣を抜いて、仕えるイエスさまを守ろうとした時に、「剣をさやに納めなさい。(マタイ26章52節) 」とイエスさまは言われたのです。この《イエス革命》は、暴力革命ではないからです。それで、私の神さまは、諄々と話で迫りかけて、私が罪人である事を認めさせてくださったのです。人を殴り、物を盗み、法を犯し、復讐心に燃え、人を赦さない、薄情で冷淡な私に、静かな細い声で語られ、環境を通し、人を通してでも語り掛けてくださったのです。

 三浦綾子が著した「海嶺」が映画化されたのですが、西洋航路の大型船の船内での出来事の場面がありました。二人のヨーロッパ人が、喧喧諤諤(けんけんがくがく)の喧嘩をしているのです。私ですと、拳を使うのですが、その二人は、唾を飛ばす様に鼻と鼻をつけ合わせて、口を使って、拳を引っ込めていました。これが民主主義の国の喧嘩かと思わされ、驚いたのです。

 パウロの書き送った書簡には、母親が乳を嬰児に与える様にして、コリントの教会の問題を、手紙、言葉によって諭したのです。かつて「暴力を振るう者」が、穏やかに切々として語り掛ける人に変えられたのです。まさに、「聖霊」の柔和さそのものでした。「神の国」は、気性の激しい者ではなく、「柔和な者」が受け継ぐからです。
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