夢と幻と理想

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 お気に入りの Parker に、” HOKKAIDO UNIVERSITY “ と印字されていて、卒業生でもないのに、私は着用しています。この大学の前身が、「札幌農学校」でした。広い構内に、開学当時の建物も残っていて、明治を感じさせてくれるのです。その学則は、

 "Be gentleman/紳士たれ!

 その札幌農学校の第一期生の大島正義健が、次の様な文章を残しています。

 『さて札幌農学校がいよいよ開校になって、その学則をいかに定めるかということが問題になった際、札幌学校から移って來た生徒たちが、参考のためということで札幌学校の規則書を持ち出し、第一條何々、第二條何々とその大要を英訳して、クラーク先生の前で読みあげた。聞きおわったクラーク先生は、「そのようなことで人間がつくれるものか。」と大声で怒号し、「予(よ)がこの学校に臨む規則は、Be gentleman! たゞこの一言に盡きる。」と言って、特徴のある太いまゆをぴくりと動かされた。

 学校は学ぶ所であるから、起床の鐘が鳴ったら、寝床をけって起きなければいけない。食卓へつく時にはあいずをするから、直ちに集まって來なければいかぬ。消燈時刻にはいっせいに燈火を消さなければいかぬ。ところでゼントルマンというものは、定められた規則を嚴重に守るものであるが、それは規則にしばられてやるのではなくて、自己の良心にしたがって行動するのである。故にこの学校にはむずかしい規則は不要だと、先生は述べられた。それを聞いた学校の幹事や敎授連は大いにその結果をあやぶみ、もし故意に規律を守らない者が現われたらどうなさるおつもりかと反問した。ところが先生は威儀を正し、「たゞ退学あるのみ。」と答えられた。

 さて、クラーク先生の意思を傳え聞いた生徒たちは非常に喜んだ。われわれはこれでもゼントルマンである。ゼントルマンは俯(ふ)仰天地に恥じざる行いをしなければならないと、みずから問うてみずから答え、町へ出てもみにくい行爲は決してなさず、自己の行動に非常に重きをおくようになった。もし誤って校規を犯そうものなら、進んで学監のところへ届け出で、「たゞ今かくかくのことで五分間遅刻いたしました。」と申し立てるような氣風が全校を支配し、学生一般の風紀が非常に改まった。

 クラーク先生が札幌に敎鞭をとられて最初に試みられた事項は、開校の際の演説中に片鱗(りん)が現われている制欲に関する考えを実行に移すことであった。先生は日本の学生の堕落して健康を破る者多き最大原因は飲酒と喫煙にありと断じ、学生の德育ならびに体育上きわめて重要なのは制欲の一事であると考えられた。そこで禁酒禁煙のほかに瀆(とく)神誓言を禁ずる誓約文を起草して、まずみずからこれに署名し、ほかの敎授学生をもこれに加盟せしめて、校内を淨化することに全力を盡くされた。 

 東京英語学校から轉校して來た生徒の一番年長であったのが佐藤昌(しょう)介で、当時は二十歳前後であったろう。伊藤一隆と私とがともに安政六年生まれの十七歳、そのほかの者も似たりよったりの年齢であったから、分別盛りの靑年であったように思われる第一期生も、実はわずかに少年期を過ぎたばかりの若輩ぞろいであったといってよいのである。』

 これは、「クラーク先生」と言う回顧録の一部です。ほとんど十代の後半の学生に、クラークが望んだのは、『紳士たれ!』の一言だったのです。そして多くの第1期生や後輩たちは、自分の人生を、《紳士》として生きたのです。


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 そこで学んだ人の中に、北海道大学の学長になった佐藤昌介がいました。この方は、札幌の街づくり、北海道の発展に大きく貢献した人だったのです。第二期生の内村鑑三は、多くの若者に生きる道を示し、同じく新渡戸稲造は、国際連盟の次長として、国際社会で活躍し、後年は、教育界で貢献しています。

 若い頃の新渡戸稲造は、盛岡藩藩士の子で、気性が激しく、農学校入学直後は、教授と論争になると熱くなって、殴り合いになることもあったほどだったそうです。それで、「アクチーブ(アクティブ=活動家)」いうあだ名がついていました。

 ところが上級生たちからの信仰上、心霊上の感化で、性格が一変して、学校で喧嘩が発生すると、間に入って仲裁するほどに変わってしまったのです。その時に培われた気質は生涯変わらなかったそうです。クラークの<申し子>の様に、紳士然となったのですから、切っ掛けがあると、人って変わるものなのですね。

 幕末に生まれ、新生日本の開化の中で、大自然の中で、聖書と農学を学んだ青年たちが、新しい日本の礎石になっていったのです。北大の校内を家内と一緒に散策した時、150年前の学生が、夢と幻と理想を将来につなげて生きていく備えをしたのです。家内と構内を散策したのですが、北国のポプラやニワウルシの林の中に喫茶店がありました。薫るコーヒーが苦味と相まって、そんな札幌農学校の明治の雰囲気が感じ取れたのです。

(北大構内、エルムの森喫茶店です)

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