危険

『車の免許証をとろうと思っているのですが、どうですか?』と、滞華7、8年ほどになる方に聞いたことがあります。ここ中国で、自動車を運転するなら、「国際免許証」は使えませんから、誰もが新規にこちらの運転免許を取らなければなりません。彼は開口一番、『やめられたほうが・・・・』と言って、反対されました。ここでは、交通法規は、あるのですが、残念ながら、ほとんどが守られていません。東京で運転しているつもりで、対向車や並行車に期待しても、法規通りに運転している車も電動自転車も自転車も歩行者も、ほとんどありません。新しく設置された信号だって、それに従っている車は、交差点に制服を着た警察官がいる場合だけです。 歩行者だって、道路のどこだって横切りますし、自動車だって歩道を走っているのです。40年以上の運転歴のある私でも、こちらで運転する自信はありませんが、免許証の取得を打診してみたわけです。案の定の答えをされたわけです。

10年以上前になるでしょうか、清里での交わり会に出席するために、中央道を走っていました。双葉のサービスエリヤを過ぎたころに、『この車、変な音がするわ!』と助手席の家内が言いました。『カラカラ』という金属音がし始めたのです。そうしましたら韮崎のインターチェンジの手前100メートルほどのところで、エンジンが突然止まってしまいました。スターターのキーを回しても、まったく動かないのです。ちょうど、そこは登坂車線のある所でしたから、そこに寄せて停車したのです。小雨も降っていましたし、後続の車の風圧で浮くように揺れていました。JAFにサーヴィスを依頼しましたら、間もなく、緊急停車の私の車の保護のために、道路公団の車が駆けつけてくれたのです。しかるべき措置を取ってくれましたので、後続車の追突から守られたのです。続けて来てくれたJAFの車で牽引していただいて、韮崎のインターの停車場所で調べてもらいましたが、修理不能でした。

また、それよりも5年ほど前にも、韮崎のインターチェンジをしばらく過ぎたあたりで、車が操作不能になってしまいました。全く故障の前兆がなかったのです。その日も、結構強い雨が降って、子供たちも同乗していたのです。そこは2車線の箇所でしたし、私の車は追越車線でアクセルを踏んでも全くエンジン音がしません。左側の走行車線を車が、次々とビューンと追い越していくのです。ところが、惰性で動いている私の車は、それを交わして故障車が緊急退避できるポイントに、するりと入ることが出来たのです。それは全くの奇跡でした。もし2車線のところだったら、追突されていて大事故につながったのですが、危機一髪で守られました。この二台とも、だいぶ走り込んだ10年以上経っていた車でした。

これ以前に、家内の妹を成田空港に迎えて帰る途中の時のことでした。上野原のインターの手前の藤野のサービスエリヤを過ぎたあたりでしたが、前を大型ダンプカーが走っていました。突然、『パーン』と言う音がしてフロントガラスが真っ白にひび割れしてしまったのです。全く前が見えなくなってしまいました。90キロほどのスピードだったでしょうか。全くのパニックでした。ところがダンプが落とした小石が当たった所に、直径2センチほどの穴が開いていました。その穴に、私の左目をつけ、かすかに前方が見えましたので、路肩に車を寄せました。そこでフロントガラスを、全部割って落として、上野原から一般道に出て、彼女たちを最寄の駅に連れて行きました。真冬でしたが、私は、その車を走らせて、私の住んでいた街の掛り付けの修理屋で廃車にしてしました。

どうも車には好かれないのでしょうか、4度目が中国で起こらないように、どうも『ノー!』のサインが出たようです。そんな私のために弟が、わざわざ、東京から自分の使い慣れたマウンテンバイクを運んで来てくれて、しばらく自転車に乗っていたことがあります。これは、自分は事故に遭っても、同乗者や他の車を巻き込む危険性がないので安心ですが、色々と思い出す大陸の秋のさなかであります。

(写真は、長距離高速バス「福建省龍岩市~福州市」です))

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