ありがとう!

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 四月、和名で「卯月」になりました。作詞が佐々木 信綱、作曲が小山 作之助の「夏は来ぬ」、暦の上では、「卯月」は夏の月になりますが、実際には、日本人にとっての「実感の春」の月になります。先週、日光の山里で、鶯の鳴く音を聞きました。

1. 卯の花の におう垣根に
ほととぎす 早も来啼きて
忍音もらす 夏は来ぬ

2. さみだれのそそぐ山田に
早乙女が 裳裾ぬらして
玉苗植うる 夏は来ぬ

3. 橘の かおる軒場の
窓近く 蛍飛びかい
おこたり諌むる 夏は来ぬ

4. 棟ちる 川べの宿の
門遠く 水鶏声して
夕月すずしき 夏は来ぬ

5. 五月やみ 螢飛びかい
水鶏なき 卯の花咲きて
早苗植えわたす 夏は来ぬ
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 三月が「別れ月」なら、四月は「出会い月」でしょうか。島崎藤村が作詞、作曲の「惜別の歌」があります。藤村の「若菜集にある「高楼(たかどの)」の詩に、藤江英輔が曲をつけましたが、原詩は次の様です。

  高 楼
 
わかれゆくひとを をしむと こよひより
とほきゆめちに われやまとはん

   妹
 
とほきわかれに たへかねて
このたかどのに のぼるかな
かなしむなかれ わがあねよ
たびのころもを とゝのへよ
 
   姉

わかれといへば むかしより
このひとのよの つねなるを
ながるゝみづを ながむれば
ゆめはづかしき なみだかな
 
   妹

したへるひとの もとにゆく
きみのうへこそ たのしけれ
ふゆやまこえて きみゆかば
なにをひかりの わがみぞや
 
   姉

あゝはなとりの いろにつけ
ねにつけわれを おもへかし
けふわかれては いつかまた
あひみるまでの いのちかも

   妹

きみがさやけき めのいろも
きみくれなゐの くちびるも
きみがみどりの くろかみも
またいつかみん このわかれ
 
   姉

なれがやさしき なぐさめも
なれがたのしき うたごゑも
なれがこゝろの ことのねも
またいつきかん このわかれ
 
   妹

きみのゆくべき やまかはは
おつるなみだに みえわかず
そでのしぐれの ふゆのひに
きみにおくらん はなもがな
 
   姉

そでにおほへる うるはしき
ながかほばせを あげよかし
ながくれなゐの かほばせに
ながるゝなみだ われはぬぐはん
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 春が、ウキウキするのは、新しい出会いがあるからに違いありません。私にとっては、生涯の伴侶との出会い、1971年4月4日、神さまの前に誓約をして、結婚式を挙げました。まさに《男子佳人との出会い》、それは私にとっての人生最高の出来事だったのです。

 その日から五十年が経ちました。キンコンカンの鐘の音が聞こえそうな「金婚」に漕ぎ着けたのです。その日から今日まで、全く家内が、私の七の七十倍ほどの忍耐をして、共に過ごした年月だったと言えます。何よりも素晴らしいのは、四人の子に恵まれたことです。聖書的に言うと次の様です。

 「幸いなことよ。矢筒をその矢で満たしている人は。彼らは、門で敵と語る時にも、恥を見ることがない。(詩篇127篇5節)」

 戦に出るわけではありませんが、四人四様に、矢筒(家庭)から放たれて、それぞれの矢の落ちた地で、この世との闘いの中で、「恥を見ることがない」生を生きています。それぞれに素敵な配偶者と出会って家庭を作り、社会的な責任を果たしているのです。ただ「ありがとう!』の四月、人生上の真の「入学式」の月、佳き日でした。

(卯の花、小諸城址、毛利家の矢筒です)

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