キュン

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 詩人の伊東静雄に「春浅き」があります。

あゝ暗(くら)と まみひそめ
をさなきものの
室に入りくる
いつ暮れし
机のほとり
ひぢつきてわれ幾刻をありけむ
ひとりして摘みけりと
ほこりがほ子が差しいだす
あはれ野の草の一握り
その花の名をいへといふなり
わが子よかの野の上は
なほひかりありしや
目とむれば
げに花ともいへぬ
花著(つ)けり
春浅き雑草の
固くいとちさき
実ににたる花の数(かず)なり
名をいへと汝(なれ)はせがめど
いかにせむ
ちちは知らざり
すべなしや
わが子よ さなりこは
しろ花 黄い花とぞいふ
そをききて点頭(うなず)ける
をさなきものの
あはれなるこころ足らひは
しろばな きいばな
こゑ高くうたになしつつ
走りさる ははのゐる厨(くりや)の方(かた)へ

 新しい年を迎えて、その一月の末か、二月のはじめに、三重県の鳥羽で、教会に仕えるみなさんが集まって、大会を続けていました。牧師や夫人、宣教師夫妻、神学生、兄弟姉妹が参加していた年初行事の様にして参加していました。毎年、素敵な出会いと、素晴らしい学びと、激励や挑戦がありました。

 そこに参加されるみなさんは、超教派の教会からでした。共通していたのは初代教会が聖霊体験をしていた様に、二十世紀の教会に、聖霊が注がれて、その傾注に預かった人たち、その経験を願う人たちが、一堂に会していました。賛美と礼拝をささげ、聖書のみことばに耳を傾け、日本の町々のために祈り、参加者の交流を楽しんだのです。

 その集いに行く時に、自分の街から、東名高速を経て、渥美半島の突端の伊良子岬の港からフェリーに乗って参加しました。渥美半島は暖かなのでしょう、海岸線の畑には、「菜の花」が満開でした。真っ黄色な春を感じて、『今年は何を語られるのだろうか?』という期待が膨らんでいたのです。真夏のひまわりの黄色よりも、一足早く訪れた黄色な春を感じて、そう思ったのです。

 伊藤静雄が謳った「黄い花」が、菜の花ではないかと思ったのです。希望の色でしょうか、春の到来を知らせている色でしょうか。その名の花畑に横たわりたい様な思いにされたのです。花は花、伊良子岬のお土産屋で食べたイカの姿焼きは、相乗効果でしょうか、潮の香を嗅ぎながら、とても美味しかったのです。

 一緒に行った子どもたちは、もう四十代、そろそろ五十に届きそうな年齢になっています。ずいぶん多くの歳月を経たものです。あのまだ「春浅き」自分の住む街から出掛けて、本物の春を感じた日々や、あの交流会が昨日の様に、懐かしく思い出されて、キュンとしてきそうです。

(渥美半島に咲く菜の花です)

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