桜狩り計画

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 私たちに住む街には、「喫茶店」が多くあります。かつて「例幣使街道」の宿場町として栄えて、維新後は明治政府は県庁を置いた街でした。また舟運で江戸を行き来して、多くの物資の商いをした街で、「蔵の街」と言われています。この地元のみなさんは、隣の佐野市や小山市に比べて、街の住民が保守的で、主要鉄道や高速道路や新幹線、ショッピングセンターなどの誘致に遅れをとってしまったと言っておいででした。

 それで観光地のけばけばしさもなく、取り立てて大きな行事をすることもなく、落ち着いた街で、私たちは大好きなのです。素敵な文化会館も、落語家やオーケーストラを招いたりしていますが、それほど頻繁にではないのです。一昨年の台風被害の後、古い家の取り壊しが進み、街中が歯が抜けた様に空き地が多くなってしまっています。売り出されていますが、買い手がつかない様子です。

 それなのに、江戸の粋を受け継いでいるのでしょうか、「喫茶店」が、人口の割に多くある様に感じます。小さなお店に、高価なコーヒー豆の焙煎機を置いてあって、われわれ世代のコーヒー党が、日中、美味しそうにコーヒーを飲む姿が、ガラス戸越しに伺えます。
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 時三月、桜月になりました。早ければ月内に咲き誇るでしょうか。これまで最高の桜は、大奥の御年寄の江島が、藩預かりとなった高遠藩の城址公園の桜でした。満開の桜の木の下で、美味しい昼食をいただいた思い出があります。

 華南の街の公園にも、数本の染井吉野の桜の木がありましたが、毎年時期を失して見損なってしまいました。暦で予測していましたから、亜熱帯気候では開花時期が、日本よりも早かったのです。
 
 でも懐かしいのは、小学校の校庭の隅に咲いていた桜ですね。あの頃から日本人だったわけで、懐かしさで桜党の素地ができた様です。今年は、《オモイガワザクラ》に、『行くぞ!』でおります。

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