異文化

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 アメリカでは、子どもたちが仮装して、近所や知人の家を訪ねて、その家で焼いたクッキーなどをもらって過ごす「ハローイン」という祭の日が、10月31日にあります。愛知県から留学していた、16歳の服部剛丈(はっとりよしたけ)さんが、その祭が間近かな1992年10月17日に、銃で打たれて死亡するという、悲しい事件が起こりました。ルイジアナ州バトンルージュ市で起こった射殺事件でした。

 服部さんは16歳で、交換留学で、ホストファミリーの家にお世話になっていて、その家の男の子と一緒に、招いてくれた方の家を訪ねたのです。ところが、その方の家を間違えてしまいます。その家の戸をノックしてしまい、不審に思ったその家の主人の背後からの “ freeze “ の呼び掛けが、スラングで『動くな!』が、留学間もない服部さんには理解できず、動いてしまって、射殺されてしまったというのが経緯です。

 その街では、年間に50件もの殺人事件が起こっていて、マスコミが大きく取り上げることのない事件として片付けられようとしましたが、日本での騒ぎが大きくて、けっきょく裁判で事実を明らかにすることになります。服部さんのご両親は、息子を撃ち殺したその人を、恨むことはなかったそうで、銃社会の有り様に一石を投じて、息子の死を無意味に終わらせたくなかったと伝えています。

 当時、私たちの長男はオレゴン州の街に、次女は、ハワイ州の街に留学中でした。それは彼らにも、送り出している私たちにも、衝撃的な事件でした。ある時、息子から、めずらしく電話がありました。教会の運営している寮の近くで、発砲事件があって、その銃声に驚いた息子が、祈りの要請をしてきたことがあったのです。現実のアメリカ社会に驚いたからなのでしょう。

 ですから、その服部さんの事件は、私たちにとっては〈人ごと〉ではなかったのです。かく記す私も、映画やテレビで聞く銃声しか知りませんから、実際には聞いたことがないわけです。日本の様に、警察による治安が保たれている社会とは違って、建国以来、我が身が自分でしか守れないアメリカ社会では、銃は必要悪のままでよいでしょうか。

 合法でも非合法でも銃を用いて、物事を解決しようとしたり、暴走を抑止したりすることは、理想的な方法ではありません。その服部さんの訪問時に、〈ハローイン〉の仮装をしていたのも、不審者に思われた理由であったと考えられます。また、事件の背景には、犯罪が頻発する社会の不安と恐れも、市民生活の中に潜んでいたこともある様です。
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 〈ケルト人(中央アジアに起源を持ちヨーロッパに定住した人種)の祭りを受け継ぐ、このアメリカ文化の中に、魔女やおばけの服装をゆるす習俗があることに、おかしさを私は感じていたのです。歴史の短いアメリカ社会に入り込んだ、この奇祭はキミが悪かったわけです。まあ賛否はともかく、外国に留学する子どもは、その留学先の文化に留意しなければならないのです。

 私たちの子どもたちは、すでに四十代で、素敵な海外生活を送ることができましたが、異文化が持つ危険性はありました。オレゴンは、白人の割合が高くて、アジア系やアフリカ系は、白人優先社会の中では、酷い差別はなかったそうですが、そこそこの齟齬(そご)が生じた体験している様です。彼らは、教会関係の人たちの間にいましたから特別だったかも知れません。アメリカを愛した服部さんは、性格が明るくて、学校でもホストファミリーの中でも人気者だったそうです。

 この私たちの住む街にも、ネパールや東南アジアからの留学生が多くおいでです。働きながら学んでいて、
なかなか日本社会の中に溶け込めていない感がしています。欧米系の人たちには優しくて親切なのですが、アジアやアフリカ系のみなさんには、同じ様ではない日本の地方都市の弱さが、とくにコロナ禍のもとで気になります。

(ルイジアナ州の州の花の「マグノリア」、ネパールの国花の「ラリグラス」です)

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