背中を押してくる

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 「サッちゃん」という童謡を作詞した阪田寛夫は、大阪の人で、数多くの詩を残しておられます。子どもの心を詠んだものばかりでした。子どもたちの小学校の音楽の教科書の楽譜の上に、よくお名前が出ていたのです。その多くの詩の中に、「夕日が背中を押してくる」がありました。

夕日が背中を 押してくる
まっかな腕(うで)で 押してくる
歩くぼくらの うしろから
でっかい声で よびかける
さよなら さよなら
さよなら きみたち
晩ごはんが 待ってるぞ
あしたの朝 ねすごすな

夕日が背中を 押してくる
そんなに押すな あわてるな
くるりふりむき 太陽に
ぼくらも負けず どなるんだ
さよなら さよなら
さよなら 太陽
晩ごはんが 待ってるぞ
あしたの朝 ねすごすな

夕日が背中を 押してくる
でっかい腕で 押してくる
握手(あくしゅ)しようか わかれ道
ぼくらはうたう 太陽と
さよなら さよなら
さよなら きょうの日
すてきな いい日だね
あしたの朝 またあおう

さよなら きょうの日
さようなら

 確かに、お腹は空くのですが、遊びが楽しくて、だれ一人、『帰ろう!』なんて言わないで、鬼ごっこや宝島取りや馬乗り、馬跳びなどをやり続けていたのです。でも、今頃の夕日は、つるべ落としの様に落ちていき、まるで真っ赤な腕が押す様にして、しかも優しく『暗くなったから、家に帰りなさい!』と、語りかけていると、作者は詠み、しぶしぶ家に帰ったのを思い出します。
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 家から離れた広場で遊んでいて、『ご飯ですよーっ!』と、お母さんたちの呼ぶ声の代わりに、夕日が、そんな風に語りかけ、帰宅を促していたのです。こういった光栄は、今では見られないのかも知れません。ことさら、コロナ禍の今年は見られませんし、そんな広場だって、もうなくなってしまいました。

 毎日毎日、疲れることも、うむこともなく、母が朝餉(あさげ)夕餉の支度をしてくれ、卓袱台を囲んで、みんなで感謝して、猛烈に食べまくっていました。何せ、父の家は男の子四人、私の家は男女二人づつの同じく子どもたちが四人、まるで小戦争の様でした。でも楽しかったのです。

 子どもたちは、どんな家庭を作ってるのでしょうか。孫たちは、赤い夕日の腕に押されて、『ただいま!』と言いながら家に帰って来るのでしょうか。泣いて帰って来た日も、しょんぼりの日もあったかな。帰る家、待っていてくれる親がいて、みんな大きくなったのでしょう。家って、「堡塁(ほるい)」や「避難壕」だったり、「真綿の様な巣」だったりでしょうか。

 そんな帰る家が、天にあるのです。そこは戦いも競争もない世界です。一番力に漲って、綺麗な時の父も母も、叔父も叔母も、従兄弟も従姉妹も、孫たちも、そこにいることでしょう。

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