問われる

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「40年」、正確に言うと、1977年11月から2020年6月5日ですから、「42年」になります。

人が生まれて、「惑うことなし」の《不惑》の年齢になる年月が、「40年」だと、孔子が言いましたが、横田滋、早紀江夫妻にとっての年月を思う時、それは他人が測ることのできない、途方もなく長い時間になることでしょう。『生きている!』、『きっと帰ってくる!』と言う望みを持って、無事の帰宅を待ちわびた年月でした。

〈拉致〉と言う、国際犯罪の犠牲になって、お嬢様のめぐみさんが、いつもの様に、帰宅すると思う中を、下校の途中で行方不明になったのです。人の子の親にとって、こんなつらく理不尽なことはありません。

やがて、北朝鮮の平壌で、めぐみさんに似た女性を見かけたとの情報があって、生存の確信が与えられたのです。それ以来、国家間の交渉が行われましたが、『亡くなった!』と言う報告や、様々な情報があるたびに、ご家族の心が弄ばれる年月を過ごしてこられたのです。そのお父様の滋さんが、この5日に亡くなられました。

かつては、あんなに強面国家だった日本が、敗戦を喫した後は、及び腰になってしまい、義に立てない脆弱さを満たしてしまい、拉致問題解決に、決死な覚悟を取れないまま、今に至っています。国が、手を拱(こまね)いている間に、国連の人権委員会やアメリカの政府や議院に出掛けてまで、解決を求め続けた、「家族会」の働きは必死です。

開発途上国が、〈ヘッドハンティング〉で、優秀な頭脳を得ようとするのとは違って、義務教育を受ける、十代前半の少女を拉致すると言う、非人権の犯罪は、赦せません。人類史上で、組織、会社、国家が犯した犯罪と言うのは、不問に付されることなどありえません。いつか、はっきりとした審判の元に置かれて、それらの責任が、なんらかの形で問われることになるでしょう。

人道に悖(もと)る犯罪、邪悪国家の非道さは、有耶無耶などにはなりません。ローマ帝国、ソヴィエット連邦、コンゴ共和国、大日本帝国、そして北朝鮮などの専制国家が犯した犯罪は、その責任が霧散することなどはありえません。人の生命や尊厳に対する犯罪は、重大だからです。「歴史」は、厳しく国家と為政者とに厳粛な結果責任を問うのです。

(「テミスの女神」像です)

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