漂泊

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杜甫の代表作に、「登岳陽楼」があります。

昔聞洞庭水(昔聞く 洞庭の水)
今上岳陽楼(今上る 岳陽楼)
呉楚東南坼(呉楚 東南に坼け)
乾坤日夜浮(乾坤 日夜浮かぶ)
親朋無一字(親朋 一字無く)
老病有孤舟(老病 孤舟有り)
戎馬関山北(戎馬 関山の北)
憑軒涕泗流(軒に憑って 涕泗流る )

この「詩聖」と、後の世になって呼ばれる杜甫は、湖北省で生まれ、すでに6歳で詩作をしたほどの人でした。洛陽で文人の仲間入りをしています。でも漂泊の思いを捨てきれずに、諸国を漫遊した詩人でした。それでも食べていくために、同行の妻と五人の子どもを育てるために、官職に就きますが、芭蕉が語る様に、「旅を住処として、旅に死す」様に、59年の生涯を、湘江(湖南省の大河)の舟の中で終えています。

四川省の成都に、杜甫が家族とともに住んだ「草庵」が復元されていて、そこを、一度は人を訪ね、もう一度は、語学学校の遠足で訪ねたことがあります。そこは観光化されていて、当時の面影を感じさせてはくれませんでしたが、洛陽からは随分と西に離れた地だったのです。

広大な四川盆地の中にあって、「天府之国」と呼ばれ、「三国志」、「麻婆豆腐」、「火鍋」、「パンダ(熊猫)」で有名な地です。大きな空、豊かな土地で、年間を通して晴れ間の少ない土地柄だと聞きました。初めて行った時に、新聞記者をしていた方が、『ここで仕事を見つけますから、ぜひ住んでください!』とお誘いくださったのですが、数年後、天津に1年、そして華南の街で12年を過ごしました。

杜甫の時代、この詩にあるのですが、59年のこの詩人の生涯は、すでに「老病」の年齢だった様です。唐の時代の人の寿命は、現在に比べ短かったのです。もう一つの杜甫の詩に、「春望」があります。

国破山河在(国破れて 山河在り)
城春草木深(城春にして 草木深し)
感時花濺涙(時に感じては 花にも涙を濺ぎ)
恨別鳥驚心(別れを恨んでは 鳥にも心を驚かす)
烽火連三月(烽火 三月に連なり)
家書抵万金(家書 万金に抵る )
白頭掻更短(白頭掻けば 更に短く)
渾欲不勝簪(渾て簪に 勝えざらんと欲す)

人に世の移り変わりは、めまぐるしいのですが、国土の自然は変わらないことを詠んでいます。杜甫は、五十代で、もう白髪になり、髪の毛も薄くなっていたのです。生活を詠み、国を憂い、人生そのものが旅の様に漂泊の思いに浸り、旅を住処として一生を終えたのです。

こう言った杜甫の生き方を憧れたのが、芭蕉だったと、中学の時に教えられました。奥州松島の美しさに圧倒された芭蕉は、行ったことのない、杜甫が詠んだ、「洞庭湖」と比べています。芭蕉作ではないと言われている、

松島や ああ松島や 松島や

『ああ、これも俳句!』、これには驚かされてしまいます。

( “ 百度図片 ” から洞庭湖の風景です)

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