愛のほかは

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私には、自分を戒めて、決心したことが、幾つかあります。その一つは、母が教えてくれたことでもありました。

「だれに対しても、何の借りもあってはいけません。ただし、互いに愛し合うことについては別です。」

それは〈生き方〉についての教訓でした。『自分の欲と闘い、欲の虜にならないために、自分の欲望を抑制して生きて生きなさい!』と言うのです。日本に来て働きたいとの願いを持っていた若者がいました。ところが、借りた物の返済、借財の精算をするように、『それが済んだら来なさい!』と言われていたのですが、何年経っても来ることができませんでした。

この若者は、〈カード地獄〉の轍(わだち)の中に嵌まってしまっていたのです。『そう、いったん嵌るとなかなか抜け出られないんだな!』と、思っていました。欲しくなると、我慢できなくなって、カードで買い物をしてしまい、自分の経済力をわきまえないで、次から次へと買ってしまうのです。

商業主義の罠は、不必要な物を〈必要〉と思わせて、買わせる巧みな手法で、肉の欲、目の欲、暮らし向きの自慢を刺激して、その人を借金地獄に陥れてしまうのです。親に助けられたのでしょうか、その方は、借金を返済してやって来ました。

それでも、7、8年日本にいたのですが、日本での生活が合わなかったのでしょうか、帰ってしまいました。間も無くして、妻子と別れて、経済力のある女性と再婚したという生き方を耳にしました。自分の弱さを確り知って、それを対処しないと、欲望は際限なく強い誘惑となって、家庭さえも壊してしまうわけです。

わがままな性格の私ですが、〈物欲〉は、それほど強くないのだと思うのです。持っている物をやりくりして、母の教えに従って、これまで生きて来ました。ところが、ある時、倶楽部の運営上、人の送迎のために、「8人乗りワゴン車」が必要だと思ったのです。それで、ある方に、まとまったお金を借りて、買ってしまいました。でも、とても大切なことなのに、家内に相談しなかったのです。

無くても、何とかなったのですが、まさに「借りた人の奴隷」になってしまったわけです。完済するまで、『愛のほか、二度と借りまい!』と、その時、決心したのです。それ以来、借りずに生きています。でも生き方が、まだ甘い様に、最近感じています。

家内の病気治療、入院、急遽の帰国、3ヶ月の入院生活、洪水被害での避難、そして引越しと矢継ぎ早に続いてしまいました。その上、中国で生活に使った、ほとんどの物は、お使い頂ける様に、置いて帰国したのです。それで、足りない物ばかりでした。

愛をお借りしての日本での生活、善意や好意に預かって、やっと落ち着いたところです。これまで人に要求したり、集(たか)ったりしないで生きてくることができました。日本の社会での生活の仕方を忘れてしまったのか、十三年過ごした中国での生活に慣れ切ってしまったのか、新たな思いでの再出発が必要なのかも知れません。

母の教えに、「借りる者は貸す人の奴隷となる。」ともありました。多くの方々に支えられて今があります。また、亡くなった母が残してくれたものがあったのです。兄弟たちの愛の決定で、優先的に家内の医療費のために使える様に、頂いたのです。その助けは時宜にかなったもので感謝でいっぱいです。

また、10月に襲った19号台風で被災しましたので、「罹災者の認定」を受けて、医療費の助成、賃貸住宅の契約費用の助成、転居先で必要な物品の購入の援助が与えられ、とても助かっています。何だか、天に蔵があって、そこから、幾つもの管で補給されて生きているのを感じて、感謝でいっぱいなのです。この頃では、家内と子どもたちに極力相談しています。

また私の愛読書には、「多くの助言者によって、成功し、勝利を得る。」とあります。もう子どもたちの助言なしには、生きていけない様です。多くの愛を借りて生きてきた私は、また愛の貸し手になりたいなと願う初冬の寒い朝です。

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