日本に帰って来て、北関東の一劃で生活を始めて、感謝することが多いのに気付かされます。その感謝の一つは《水》です。水道の栓を開くと、ふんだんに水が流れ出てくるからです。華南の街の上水道も、豊富な水が出て来ますが、硬水ですから、そのまま飲むことができません。浄水器を使って、沸かして飲む様にしているのです。
しかも、時々断水するのです。2日ほど出ないこともあるのです。ある時、〈断水〉との掲示を見落としたことがあって、水の貯め置きをしないで困っていましたら、隣家のご主人が、大きなペットボトルに入った水を、三本も下さったことがありました。自分の家でも必要なのに、断水の予告を見落としていたわが家のために、わざわざ下さったのです。
大きなショッピングモールの近くに、しばらく住んでいた頃、上の家も下の家も、その下の家も、事あるごとに、物のやり取りがありました。季節季節に食べる団子や饅頭や果物、旅行帰りのお土産、家で焼いた餅(bing)などです。今の日本では、なかなか隣近所と、そんな物のやり取りする風習が少なくなって来ているのに、外国人の私たちを、隣人扱いの交流をして、親切の助け舟を示してくれるのです。
中国のみなさんの家に招かれた時、驚いたことがありました。食器を洗った洗い水を、大き目のバケツに溜め置いて、石製の床の掃除や、トイレの流し水に再利用していたのです。日本の様に、水に恵まれた国では考えられないことで、水が、それほど貴重なのだということを知らされたのです。どこの家でもそうなのかは分かりませんが、一般的にそうらしいのです。
先々週、お見舞いに来てくれた留学生の青年が、食後、夕食から次の日の朝、昼の皿洗いをしてくれました。蛇口をひねって、細く水を出しながら、無駄なく水道水を使っていました。私が、そう言ったわけではないのですが、こんな気を使った客人、24歳の若者は珍しかったのです。お母様は漁村の出身で、殊の外、真水は貴重だったのでしょう。
それにつけても、ある学習会の折、食後に皿洗いを当番でしていました。その食後の当番の方が、水を勢いよく出しながら、横を向いて、手を止めて話をしていました。その家のアメリカ人の主人が、そっと後ろから手を回して、蛇口の栓を閉めて、流れ出ている水道水を止めたのです。水道代の問題というよりは、これも水の貴重な国で育った方の限りある資源への思いやりなのでしょう。
ことばで叱ったり、注意しないで、そっと知らぬ間にとった行動が素晴らしかったのです。その学習会で学んだことの内容は、みんな忘れてしまったのですが、そうされた方の人柄と配慮と行いは、何十年経っても、いまだに鮮明なのです。
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