午前5時、外は《満天の星》です。寒暖計が見当たらないのですが、外気温は0度以下でしょう。〈寒さ体験〉が、これまで何度かありました。一度は、夏期にアルバイトをした、雪印乳業の工場にあった、アイスクリーム用の冷蔵庫内でした。零下35℃だったと思います。外気温との差が、60℃ほどあったでしょうか。防寒服を着て、真夏日の日向で日光浴をしました。

もう一度は、大連に行った時でした。新年が明けたばかりの頃に、貧しい子どもたちに冬用の衣類を持参して、知人を訪ねたのです。吸う呼吸で鼻毛が凍る感覚があって、あのアイスクリーム保存庫と同じ体験をしたのです。市内の道路では、溶けた雪が踏み固められていて、家内が滑ってしまい、急遽冬用の靴を買ったほどでした。そんな寒さの中を、大連人は、なんでもない様に闊歩(かっぽ)していたのを見て、流石(さすが)と思ったのです。

一番切ない寒さ体験は、何年も何年も前に、12月の初めだったでしょうか、晴天の日に、山梨と長野の環境付近にあった入笠山(にゅうがさやま)

に、家内と登った時でした。数日前に降った雨が、その山を登るにしたがって、山道の雪が深くなっていったのです。戻らずに、小屋の庇の下で食事をし、林道に出て下山したのです。念のため家内には足につける滑り止めを用意していたので、それを着け、私は登山靴でした。林野庁の車が行き来したのでしょうか、路上の雪は凍っていました。

今度は私が、何度転んだでしょうか、家内は泣き出すほどでした。林道は、日光のいろは坂の様で、ヘアーピンの様にくねくねの連続で曲がり、行けども行けども車を停めたあたりにたどり着かないのです。思いによぎったのは、『初老の夫婦、初冬の雪山で遭難!』でした。寒いし、疲れるしで、引き返さなかったのを悔いたりでした。でも車にたどり着くことができたのです。

今、滞在している栃木も結構寒いのです。関東平野の北端で福島や新潟に続く山岳地帯の麓です。でも部屋の中は、オイルヒーターと、電子カーペットの上にコタツを置いて暖をとっていますので暖かです。昨日は華南の友人から電話があり、家内は、この方と久しぶりに談笑していました。

今日は、友人夫妻と、長男家族と、次男夫婦(嫁後は体調が好くないので来れるでしょうか)が来ると言ってきています。華南の町の若き友人のお嬢さんの《十七》の誕生日です。毎年日本風のケーキを贈って来た来たので、今年はカードと〈ケーキ代〉をお母さんに、家内が託しておいたそうです。そろそろ大学受験の準備期、カナダに留学を考えている様です。もう、外は白んできました。好い1日であります様に!

(広島県呉市灰ヶ峰に咲く「ロウバイ(蠟梅)」です[HP/里山を歩こう])

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