穏やかさ

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現代では、ほとんど使わないのですが、「意趣(返し)」という言葉があります。“ コトバンク “ に次の様にあります。

1 恨みを含むこと。また、人を恨む気持ち。遺恨(いこん)。
「意趣を晴らす」
2 心の向かうところ。意向。
「格調高雅、―卓逸」〈中島敦・山月記〉
3 無理を通そうとすること。意地。
「二人はわざと―に争ってから」〈有島・生れ出づる悩み〉
4 理由。わけ。
「神妙に―を述べ、ものの見事に討たんずる」〈浄・堀川波鼓〉
5 「意趣返し」に同じ。
「昨日の―に一番参ろか」〈浄・矢口渡〉

この言葉から、「意趣返し」と言ったりします。「恨みを返すこと」で、「仕返し」をすることと同じです。

子どもの頃に、「トニー谷」と言われる芸人(よく” ボードビリアン ” と言われたのです)がいて、テレビの司会などで活躍していました。ソロバンを片手に歌ったり、踊ったり、司会をしていました。国籍不明の英語化した日本語を喋りまくって、人を煙にまいていました。

人気があったのでしょうか、この人の子どもさんが誘拐された事件が起こったのです。彼を知る芸人仲間は、まことしやかにテレビの前で泣いて、子を返してくれる様にと、必死に泣きながら訴える姿を見て、「狂言誘拐」だと言って、信じませんでした。この人は、芸風はともあれ、同じ芸人仲間にも嫌われていて、『それも芸の内!」だと思われていたほどの芸人でした。

ところが1週間ほどして、犯人は逮捕され、無事に息子さんが帰ってきたのです。事件は落着したのですが、これには後日譚がありました。トニーが、『子どもを大事に扱ってほしい!』と犯人に要求した通り、子を大事にしてくれた誘拐犯に、感謝の思いで、お金や衣服をあげたのだそうです。だいたい、こんな事態では、「意趣返し」を考えつくのに、このトニーは、そんな風にできた人でした。この犯人にしたことは秘されいて、ずいぶん後にな分かったことでした。

早くに両親を亡くし、親戚にいじめ抜かれて育った過去を、この人は通ったそうです。芸人としては面白く、人気がありながら、人間性が問題視されていた人でもありました。もしかしたら、それも芸の内だったのかも知れませんが。様々な事件の被害者の肉親が、記者会見をしますと、恨みや殺意であふれているのですが、この人は、そんな風に振る舞うことをしなかったのです。

ある時、めぐみさんの弟さんが、北朝鮮に向かって、殺意を表した言葉を放った時に、お父様の滋さんは、『そんなことを言うもんじゃあない!』と、厳しく息子を窘(たしな)めていたのです。お父さんにも憤り、怒りだってあったはずです。ところが滋さんは、「意趣返し」をすることなく、穏やかに帰天したのです。きっと再会の望みが、そうさせていたのでしょう。

(一話のすずめです)

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