平癒を願う

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 私の住んでいますアパートの大通りに面した門から外に出ますと、交差点に、「寿司」と看板を出した屋台が二台ほど出ています。このご時世に、『だいじょうぶかな?』と思っていますが、結構売れているようです。その向こうの大きな商業施設には、回転寿司店が、これまた二軒ほど出店しているのです。一軒は安いのでしょうか、とても混んでいて、日本食への人気は衰えていないように見受けられます。

 そういえば、道路際の食べ物の小さな屋台の間に、最近、「石焼き芋」が売られ始めました。ドラム缶を利用した竃から何ともいえない、芋の焼けた匂いが漂ってきて、『ああ秋になったのだ!』と感じております。そういえば、新聞紙を濡らして、それでサツマイモをしっかりとくるんで、焚き火の中に入れて、子供たちと「焼き芋」をしたことがありました。毎年、産地から手に入れたサツマイモを届けてくださる方がいるのですが、そろそろ収穫期になるでしょうから、『今年も!』と、心ひそかに期待しているところであります。

 残念なことには、焼き芋ができそうな場所も、燃やす物もありませんから、けっきょく「焼き芋」の代わりに、ふかし芋にして、今年も食べることになります。「チン(電子レンジ)」があれば、簡易焼き芋ができるのに、トースターしかない我が家では、『焼き芋は無理かな?』と諦めております。そう、ふかした芋をねって、バターを加えて食べるのも美味しいのです。やっぱり、「読書の秋」や「スポーツの秋」よりも、「食欲の秋」になってしまいそうです。

 昨日、私たちより一回り半ほど年長の方が入院されていて、お見舞いに行って来ました。頭部に腫瘍ができ、リンパにも問題があるとのことで、軍の幹部の病院のベッドに寝ておられるのを見舞いました。『◯さん、日本人の・・・』と呼びかけましたら、眼を開けて、私と家内を確認してくれました。話しを交わすことはできませんでしたが、手を握り、背中をさすりながら、一方的にお話をしました。

 この方は、私たちが帰国するたびに、軍の車を用意してくださったり、奥さまの手作りの料理で、何度も何度も招待してご馳走してくださった方です。人民解放軍の高級幹部で、軍を退いた後を、奥様と一緒に「幹休所」という、街中の喧騒を離れた閑静な高台にあるアパートで過ごしておられるのです。一ヶ月ほど前から、体調を崩されたそうで、恢復を願って、きっと再びお交わりができることを願って、病室を後にしました。

 いつでしたか、お尋ねした時に、家内が具合が悪くなった時に、アパートの医務室に連れて行って下さり、軍医の治療を頼んでくださったこともありました。優しくて、奥さまをいたわっておられる立派な元軍人です。ハワイでみられる花の鉢植え(日本と違って〈根付く〉鉢植えを気にはされない国柄ですから)を持参しました。この花が枯れる前に、退院できることを切に願う華南のたけなわの秋です。

(写真上は、中華人民共和国の「国花」の「牡丹」、下は、葛飾北斎の描いた「牡丹」です)

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