栄光

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 『天は神の栄光を語り告げ、大空は御手のわざを告げ知らせる。昼は昼へ、話を伝え、夜は夜へ、知識を示す。話もなく、ことばもなく、その声も聞かれない。しかし、その呼び声は全地に響き渡り、そのことばは、地の果てまで届いた。神はそこに、太陽のために、幕屋を設けられた。太陽は、部屋から出て来る花婿のようだ。勇士のように、その走路を喜び走る。その上るのは、天の果てから、行き巡るのは、天の果て果てまで。その熱を、免れるものは何もない。(詩篇1916節)』

 先週末の黄昏時、南の空に金星が瞬いていました。わが家のベランダから見えたのは富士山のはるか上空に輝く、宵の明星でした。じつに神秘的、ダビデが空を見上げて感嘆の声を上げたように、北関東の夕空を見上げて、私は三嘆の声を上げてしまうのです。偶然にとか、長い年月をかけてとか、爆発拡大とかしか、人は言えないのでしょう。

 地球も、数えきれない星々の中の一つだとするなら、この均衡、位置、自転、公転、傾斜、ほぼ同じ軌道の運行、山、海、川、湖、平地、海、海溝、真水、海水、霧、雪、植生、地中の資源、生命の存在、人と人の営み、保存、なんと驚くべき事実ではないでしょうか。エレミヤは,次のように記しました。

 『主はこう仰せられる。主は太陽を与えて昼間の光とし、月と星を定めて夜の光とし、海をかき立てて波を騒がせる方、その名は万軍の主。(エレミヤ3135節)』

 初めからある天体、もっと輝いて見えた夜空、家出をして枯れ草の間に寝て、夜空を仰いだ夜がありました。まさに煌めく星座、降るような星々でした。『だれが散りばめ、だれが瞬かせ、だれが押し広げたのだろうか?』、吸い込まれそうな幽玄な蒼光、孤光、独光、だれが光源を備え、備え続けているのか、見飽きることのない秋の夜空に、心が震えてしまいます。

 科学者は、130億年前に大爆発があって、星が誕生し、延々として今も星が誕生している、と言うのを聞きました。40億年前に、太陽系が誕生し、偶然に生命も誕生したのだと言います。人類の祖先の誕生は、500万年前なのだそうです。

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 これが、21世紀の科学研究の行き着く結論です。この結論に、私は満足しません。無限の広がりをもつ大宇宙に深淵があっても、それでも存在しているのを、設計図なしに、創造者なしに存在するとは思えないのです。喫茶店のソファーに座って、指を動かして、操作している、この iPad は、Apple社の技術者の設計に従って製造された物です。海の向こうの友人や娘たちの家族と、声も映像も交えて交信できるほど、優れた電子機器なのです。

 これよりも精緻に造られているのが、電子機器を操作している、ちょっと老化してしまったのですが、人間現役の私なのです。この感情、この意志、この知性、思考し、命が躍動している私に、必ず設計者がいて、命の付与者がいて、維持者がいて、回復者がいて、激励者がいるのです。生きる目的があります。そう信じて、私は生きてきました。イザヤは次のように言っています。

 『わたしの名で呼ばれるすべての者は、わたしの栄光のために、わたしがこれを創造し、これを形造り、これを造った。 (イザヤ437節)』

 この自分が、《神の栄光》のために生きていると思うのは、そう言われる《聖書》のことばがあるからです。神に生かされている限り、いえ生きていられるから、自分の存在の目的も意義も役割も、《ある》のだと信じるのです。神を信じられる、家庭環境を備えてくれた父と母に感謝しています。とくに、少女期に基督者となり、信仰ある母の乳房をふくみ、主を畏れる母の手になる食べ物を食べ、洗濯する服を着て、敷いてくれる床に寝て育ててくれたのです。

 小学生の私の手を引いて日曜学校に連れて行き、聖書を買って与えてくれ、相談にのってくれた、賛美する母がいたからです。人の限界を教えてくれ、人のために生きることを教えてくれ、主に従って生きるようにしてもくれたのです。計り知れない大宇宙にポツンと生きる私は、神の手による創造と恢復の光輝ある作品の一つであります。

(”天体写真の世界“ の「まがたま星雲」です)

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