空梅雨に思う

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こちらは「空(から)梅雨」でしょうか、あのジメジメした気分がしないのも、何か足りなさを感じがしてしまう様です。毎年、梅雨の時期を過ごしてきたので、それを感じないのは違和感を覚えるのかも知れません。大正期に流行った、作詞が野口雨情、作曲が中山晋平の「雨降りお月さん」の歌を思い出します。

雨降りお月さん 雲の蔭(かげ)
お嫁にゆくときゃ 誰とゆく
一人で傘(からかさ) さしてゆく
(からかさ)ないときゃ 誰とゆく
シャラシャラ シャンシャン 鈴つけた
お馬にゆられて ぬれてゆく

いそがにゃお馬よ 夜が明けよう
手綱(たづな)の下から チョイと見たりゃ
お袖(そで)でお顔を かくしてる
お袖はぬれても 乾(ほ)しゃかわく
雨降りお月さん 雲の蔭(かげ)
お馬にゆられて ぬれてゆく


 お嫁に行かせる両親も、見送る祖父母も、そして本人も、迎える婿殿も家族も、雨の降らないことを願ったのでしょう。でも雨が降るのだとするなら、それは梅雨時のお嫁入りだったのでしょうか。

 山里の田舎に住んでいたことがありましたが、そこで嫁入り風景を見た経験はありません。婚礼の前の日に、田起こしに使った馬を、綺麗に水で洗って、鈴や赤白の紐で飾って、嫁入りの晴れやかな舞台に役立つ農耕馬も、晴れの舞台を迎えて気取りがちだったのでしょう。

 そうやって健全な家庭が、この国の中に作られてきたのは、素晴らしいことです。その家庭で子どもが誕生し、育ちます。外で活動し始めた子どもたちの無事を願い、祈る親がいて、様々に傷ついても、帰って来られる家庭があると言うのは、子どもたちにとっては救いだったのです。そこで傷が癒やされ、生きる力を得て、また出ていくことができたからです。

 《帰って行ける家庭があること》、どんなに駄目でも、どんなに酷いことをしても、『親だけは、俺(アタイ)を家で待ち受けてくれている!』、たとえ何年も音信が不通であっても、そういった空間、場所、避難所があるなら、人は必ず回復することができます。

 あの弟息子が、誇りを打ち砕かれ、恥な人生の土壇場で、『こうして彼は立ち上がって、自分の父のもとに行った。(ルカ1520節)』と、決断するのです。「父」を思い出し、父のもとに帰ろうと決断したわけです。恥を引っ提げて、あの懐かしい家を目指すのです。

 『ところが、まだ家までは遠かったのに、父親は彼を見つけ、かわいそうに思い、走り寄って彼を抱き、口づけした。(ルカの福音書1520節)』、人生には逆転劇があり、それを生み出すのが、条件付きでない《父性愛》なのです。不肖の息子を、《可哀想に思う思い》、《走り寄って近づく行動》、《抱きかけて迎え入れる受容》、《愛の証明の口付け》を、この父親はするのです。

 『子どもはカスがいい!』と、〈カス〉のままの子を受けとめ、育て、愛したお母さんも思い出します。「鎹(かすがい)」にはならなくとも、カスをカスとして受けとめたお母さんの度量の大きさです。そうされたカスが、社会の中で確りと生きているのです。

 嫁に行き、夫の子を産んだ母親が、自分の子が、こんなカスになるとは思っても見なかった現実の中で、子育てを諦めない《したたかさ(漢字では「強か」と書いて、そう読ませています)》が、人を作り上げるのでしょう。自分の母親を思い出し、四人の子を育てた家内を思うにつけ、執念深さや強情さがあったのを思い当たります。神が母親に与えた特質を、そういう言葉で言うのかも知れません。

 そんな母親を支持している父親がいて、自分も生きてきたのを、この空梅雨の今、思い出しています。それでも、今日は午後には雨だと予報が伝えているのです。

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