孤舟を漕ぐ

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 私が働いた二番目の職場は、大正デモクラーシーの中で、女子教育に一石を投じた学校が母胎になっていました。「経済」は男子だけのものではなく、女子も経済感覚を身につけ、社会の中で経済活躍する必要があるという趣旨で、専門学校として始められたそうです。戦後、新制の短大と女子中高校として再出発しています。

 私が勤めていた頃には、短大の他に、幼児教育、初等教育、中高教育を、一つの流れの中でしていました。最初の職場に、週二日ほどの勤務で来られていた研究員がいました。その方は、以前、その高校の教師でしたが、その短大の教務部長になっておられていたのです。中高部の教員に欠員があると言うので、私が紹介を受け招聘されたのです。

 働き始めた時、創設者の孫にあたる方が、学長、校長をされていましたが、ご病気で、主事一名、副主事二名の体制で職員構成ができていました。その学校の実力者は、男子教員のほとんどを家に集めてしまうほどの女性の副主事でした。何やらおかしな[空気」が漂っていました。一度、この副主事の家に、いつの間にか、新任の私は連れて行かれたことがありました。そこでの話題は、主事や体制批判でした。

 そう言った、[群れること]のが大嫌いな私は、二度と訪ねることはありませんでした。その様な集まりからでしょうか、「職員組合」を作ることになったのです。待遇改善、つまり給料を上げるための圧力団体の発足でした。40人ほどの教員と講師がいたでしょうか、この私にも、この組合に入る様にとの誘いがありました。私は、そう言った種類の圧力を加える団体には加わりたくなかったのです。そうした個を認めない[空気]に逆らったのは、私一人でした。

 『授業が終わったら会議があります!』という中、3人の主事と平教員の私の四人で、職員室に残り、残務を行なって、時間が来たので、『お先に失礼します!』と帰宅してしまいました。同調しない独りの立場で、私は平気でした。自分は、この学校に、生徒を教えるために招聘され、課せられた授業に集中したかったので、学校経営者への圧力を加えたくなかったのです。

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実は、私の給料は、早稲田や津田塾を出た、同年齢で、学卒で就職した觜、五人の教師たちよりも、高い額を支給されていたのです。それが、東京都からの補助金の金額表が、職員室の掲示板に掲出されて、それを見た早稲田組から文句が出たのです。私立学校ですから、給料は経験を加味されたり、経営者側の考えで決まって当然なのですが、高い給料の私に彼らはねじ込んできたのです。

 『そんなことで争いたくありませんので、私の給料の基本額を、彼らと同じにしてください!』と、法人の事務長に言って落着しました。その時の津田塾出の女教師が、後に校長になっていました。あんな狭い世界にも、女副主事組に加わる様に、[同じ空気]を吸う仲間への誘いといった[同調圧力]が掛かっていたのです。

 私は、数年後には、その短大に移って、そこの教師になるレールに乗らせていただいたのです。その学校にお誘いくださった教務部長の恩師が、ある大学の名誉教授でした。この方は、その教授の一番弟子でしたから、そんな縁故で、その大学でも講師として働く将来が、私にもあったのです。

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 それも自分で獲得した機会ではありませんでしたから、別に惜しいとは思いませんでした。母がお世話になっていた教会の宣教師が、新しい地に開拓伝導をするに当たって、私を助手に招いてくれたのを機に、そこを退職しました。

 日本という「空気」を読んで、するりと生きていけばよかったかも知れませんが、生き方を変えてしまったのです。そのまま、流行らないキリスト教伝道者の道に分け入り、人生の一番良い時期を生きて参りました。日本人で生きるよりも、その枠を出た世界で生きる道を辿ってきて、自分の信念を揺るがさずに来れたのは、「孤立(独り)」でもへっちゃらで生きれた母の感化であり、五十年私を理解してくれた家内がいたからでしょうか。

 こんなことを書いていたら、巴波の流れに、白鷺がたった一匹で、水面を眺めて餌を探しています。群れを離れても、彼(彼女)は、『独りでいられるんだ!』と言っている様です。空気の読めない白鷺の様で、自分が重なります。今も、[重い空気]が日本社会を覆っているようです。

 人は、[群れ]たい、いえ[群れ」ないと、日本人は生きていけないのかも知れません。群れを離れることの怖さを知って、[日本人]の枠を出ない様に、人の目を気にしながら、この狭い、そう言ってもけっこう知らない土地が多くありますが、そこで生きてきたわけです。それが日本という社会なのでしょう。その枠に収まりたくない私は、それでも寂しくも孤立も感じませんでした。孤舟を漕ぐ様な年月でしたが、気心の知れた友がいて、愛する家族がいて、何よりも《神ありき》で、とても満足な年月だったと、越し方を思い返しています。

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