意味深

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 「空の鳥を見なさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。けれども、あなたがたの天の父がこれを養っていてくださるのです。あなたがたは、鳥よりも、もっとすぐれたものではありませんか。あなたがたのうちだれが、心配したからといって、自分のいのちを少しでも延ばすことができますか。なぜ着物のことで心配するのですか。野のゆりがどうして育つのか、よくわきまえなさい。働きもせず、紡ぎもしません。しかし、わたしはあなたがたに言います。栄華を窮めたソロモンでさえ、このような花の一つほどにも着飾ってはいませんでした。きょうあっても、あすは炉に投げ込まれる野の草さえ、神はこれほどに装ってくださるのだから、ましてあなたがたに、よくしてくださらないわけがありましょうか。信仰の薄い人たち。(マタイの福音書62630節)」

 子ども頃、畑や畦道に生えるクローバー(clover )の中に、「四葉」を懸命になって探したことがありました。花よりも四つ葉ばかりが気なって、花には見向きもしないわけです。なぜなら、『《幸運》に恵まれるから!』と聞いたからです。そんなことで、人は《幸運》に出会えるはずもないのにです。その花の名が、「白詰草(しろつめくさ)」だと、初めて知りました。雑草と言われる仲間なのでしょうけど、見向きもされないのがいいですね。《孤高に咲く花》だからです。

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 でも花の名が、もっともらしいのが気に入ります。公式にはただ一箇所、長崎の出島には、ヨーロッパや中国大陸から、様々な物が持ち込まれたのです。その中に、〈ギヤマン〉と言われた製品がありました。『〘名〙 (diamant から) 江戸時代、ダイヤモンドを呼んだことば。 ② (彫刻をほどこしたガラス製品を「ギヤマン彫り」と呼んだところから) ガラス製品一般をさす。ビードロ。玻璃(はり)。』と、「日本国語大辞典」にあります。

 つまり、「ガラス製品」のことです。これは壊れやすいので、その緩衝材として使われていたのが、この白くて乾燥させた草だったのです。それで、詰め物とされ、花が白かったので、「白詰草」と呼ばれました。これも大切な〈脇役〉に違いありません。

 ギヤマンが取り出されたら、詰め物は不要で捨てられるだけです。ガラス製品が輸入される前には、名無しだったのでしょうか、または別名があったのでしょうか。どちらにして寂しいことです。「野の花」や「野草」の様に、見向きされないものの方が、それでも逞しいのです。

 この花には「花言葉」があるのです。詰め物にされる花にも、どなたかが花言葉をつけたのです。その代表的なのが、「復讐」です。随分と思い切った名をつけたものだと驚かされてしまいます。四葉のクローバーが「幸運」を見つけた人に与えるのとは、まったく裏腹な花言葉に驚かされます。

 男の子の私も、だれかの真似をして、この花で花輪を作ったことがあります。だれかの首にかけた覚えはありませんが、自分の首にかけたことはありました。クローバーですが、葉が3枚は〈復讐、約束」、4枚は〈幸運〉、5枚は〈財運 、不幸〉、6枚は〈名誉〉、7枚は〈無限の幸福〉と言われるとか。

 獄窓から、私のゼミの担当教師が見て慰められ、平和な時代がやって来て監獄から出てからのことを考えていたのは、この「白詰草」を見ていた時なのではないだろうかと思っています。踏まれたって、なんので生き続け、嫌われ捨てられたって、きちんと使命を果たせる花なのです。ソロモンでさえも、この「白詰草」ほどに装うことはなかったのです。意味深で、教訓のある花です。

 

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