遊び

 

 オランダの哲学者で歴史家のヨハン・ホイジンガ(1872年12月7日 ~1945年2月1日)は、1936年に「ホモ・ルーデンス」を著しました。1963年には邦訳も刊行されています。「ホモ・ルーデンス」とは、「遊ぶ人」と訳されるでしょうか。そもそも人間が人間である一つの証詞は、「遊び」にあるというのが、ホイジンガが言おうとしていることなのです。もう少し説明を加えますと、文化的であることと、遊びの要素を持つこととは、とても近い関係があるというのが、彼の主張であります。このホイジンガが哲学者なので、「遊ぶ存在としての人間」と、少々ややっこしい表現をしていますが、それは「労働する存在としての人間」の真反対に人がいることを言いたかったからなのです。簡単に言いますと、きっと『働くだけではなく遊び心を持って生きよ!』といった人生哲学を標榜(ひょうぼう)したのではないでしょうか。

 様々なアルバイトを学生の頃にしました。そのほとんどは肉体労働だったのです。その労働は、結構きつかったのですが、『働くことが苦痛だ!』と思ったことが一度もありませんでした。例えば、芝浦や横浜の埠頭で、『お前、そっちのお前・・・』と、手配師に拾われ雇われて働く〈沖仲仕〉もやりました。体が頑強であるか、よほど食い詰めたかでなければ、耐えられなかったと思います。大変に過酷だったのです。それでも、『嫌だ!』と思ったことはありませんでした。もちろん、当時としては結構日当が高かったのは事実です。そういった人のあまり好まない、3K級の仕事をしたという経験の面白さのほうが大きかったようです。アルバイトは、学費や本代や遊興費のためで、親の負担の軽減のためにも頑張りました。一番の収穫は、お金よりも、〈働く喜び〉だったことを思い出すのです。この経験は、その後、学校を卒業して勤務した職場でも、決して失うことのないものでした。仕事を億劫に感じないですんだのは、良かったと思っています。

 現代の多くの子どもたちは、『遊んでないで勉強しなさい!』、『宿題はすんだの?』、『塾はどうしたの?』と、尻を叩かれて面白くない勉強に駆り立てられています。点数だけが、その子の能力の算定基準になっているからです。先日、3人の小学生が、自殺未遂を起こしてニュースになっておりましたが、ほんとうに嫌な時代ですね。幸い、私の親は、バットやグローブやボールは買ってくれますが、一度も、『勉強しろ!』とは言いませんでした。諦めていたのでしょうか,それとももっと大切な自主性を養おうとしたのかも知れません。しかし、放任ではありませんでしたが。本来、人間が人間らしい所以は、「遊び」にあるのではないでしょうか。どうも人は、大人になると、嬉々として生きていた子ども時代を忘れてしまうのか、あえて忘れようとするのか、子どもらしさをきっぱりと捨てて、〈遊び〉を罪悪視さえしてしまうのではないでしょうか。私は、人の目を気にしない生き方をし、〈遊び〉をしっかりさせていただいたことは感謝なことであります。その〈遊び〉が、次のものを願い求めていく推進力となったのではないかと思うのです。

 最近、プロスポーツが面白くありませんね。観衆を喜ばすプレーが少なくなってきているのと、お金が第一、人気が第二になってしまっているからです。また薬物の力を借りて、腕力や筋力を増強したり、やる気を喚起刺激したりして、記録を伸ばそうとする、競争馬なみの選手が少なくありません。地道に血と汗の結晶のようなプレーを見る機会が少ないのです。そういった面白くないプロの世界を目指すアマチュアの選手たちも、野球を楽しむ、サッカーを喜ぶといった代わりに、契約金や報酬が大きな競技の動機付けになり下がっているのではないでしょうか。プレイを楽しむのではなく、勝つことだけを求めるフアンにも問題がありそうですね。フアンに見せて、大向こうを唸らせる様なプレイがあったら、大相撲のような凋落(ちょうらく)は決してないのではないかと思うのですが。感動したり、奮起させられるスポーツであって欲しいものです。

 ホイジンガは、『立ち返って子共のようになること!』を勧めています。享楽主義は好みませんが、人は、いつも喜び、明朗で、心が解放され、自由を楽しむべきです。人を硬直させ、緊張させ、過度に熱狂させ、疲労困憊(こんぱい)させるようなものは排除されるべきでしょう。心が健康でなければ、人生を健全に過ごすことができませんから、一見して、無駄の様に見える〈遊び〉をもう一度再評価し、正しく位置づけたいものです。父とキャッチボールをしたときの懐かしい思い出は、今もなお私の記憶に鮮明です。

(写真は、子どもの頃に楽しんで乗った「竹馬」です)

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