愛と爱

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 同じ漢字文化の中国で、日本語や日本文化などに関心のある若者に、日本語を教えることができ、最高の機会が与えられたことに大いに感謝しています。都市部からの入学者は一部で、内陸の村や、遠い省の小さな街からの入学者も、少数民族とされている背景のある学生も、学ぼうとしている若者の背景は多種多様でした。

 彼らに、発音を教えるのです。まさに「アイウエオ」からで、呼び掛けると、それに唱和して応えてくると言った形式で、教えたのです。もちろん、日本語専攻の学生ですから、まるで日本人の若者の様に話せ、書き表せる学生から、初歩を教えなければならない学生まで、理解度に差は大きかったのです。

 「イエアオウ」、「アイアイウエウエエオエオ」など順序を変えてついてこさせるのです。小学一年生の様な授業をしたのですが、どの年度の学年からも好反応で、大声で返してくるのです。近くの教室には迷惑だったのでしょう。こちらの一生懸命さが伝わるのでしょうか、けっこう人気がありました。上級生には、「日本の政治経済社会」、「作文」なども教えました。他の学部の学生も入り込んできていたこともあったのです。

 日本語教室の定番の「北国の春」とか「四季の唄」を歌って、授業に変化を持たせました。持参したハーモニカを吹くと、喝采がきました。そんな年月を8年ほど過ごしたのです。教えの根底に私が持っていたのは、「謝罪」の思いでした。もちろん、学校が、けっこう高額の俸給を、他の外籍教師に内緒で頂いて、生活のためには大変助かったのですが、無給でもしたいほどの思いがあったのです。

 東京の女子大で、教師になる機会が二度ほどありましたが、それをお断りして、アメリカ人起業家の助手をし続けていました。その街で34年過ごして、中国に行きましたら、天津で外国語学校で中国語を学んで一年後、天津から華南の街に導かれて、出会った方の紹介で、すぐにその日本語教師の機会が与えられたのです。

 最近、送信してくださるブログに、現代使っている「中国漢字」についての記事がありました。中国漢字は、1950年代から順次、古来からの繁体字を簡略化した「簡体字」が使われてきています。その理由は、『人民が解放前の有害な文書を読めなくす るためだ!』というのが、本意なのだそうです。例えば、「愛」を簡体字では、「心」を除いた「爱」と書いています。
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 その理由を、『人民の 心は、党が預かっています。』と言われたのだそうです。私たちが12年過ごした街で出会った中国のみなさんには、「心」の籠もった「愛」が溢れていました。学生さんたちはもとより、倶楽部でお交わりをしたみなさんは、私たち老夫婦に、大変親切でした。「邻居linji 」という隣人のみなさんも、手作り豆腐や季節の食べ物や野菜を、よく届けてくれたのです。

 家内が二度、街の市立医院と省立医院に入院した時には、倶楽部のご婦人たちが、二十四時間を交代で、物心両面のお世話してくれたのです。お仕事を持っている方も夜中に付き添ってくれたりしました。先週も、e-mailがあって、私たちの帰国後の生活について心配してくださっている方がいると知らせてくれました。帰国して2年も経つのに、そんな思いを向けてくださるのです。

 親兄弟にも勝る犠牲を払ってくれ、今も変わらずにいてくださるので、『十分に満たされているんです!』と言って、お断りするのですが、叱られてしまいます。「義理」などない社会の人なので、本心からの「愛」を示してくれます。お返しをすると、また叱られるのです。政府は預かったと言うのですが、彼らは預けた覚えがないのです。しっかり「心」を持ち続けて、「愛」を行っておいでです。

(象形文字の「心」です)

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