さんざめき

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 私も一人の大人の男として、新車、しかも「セルシオ」くらいは、と願う夢もあったのですが、『いいえ、あなたには経済車のサニー、しかも中古が適当です!』と言われたようでした。八ヶ岳の麓に、ログハウスを建てて、そこに家族で住みたい、と思ったのですが、『あなたには借家が一番似合います!』と言われたのです。履く靴だって、たまには「リーガル製」を、と思うのですが、『あなたには靴流通センターで売っている特価品でいいのです!』と促されて、一流志向の生き方ができずに今日を迎えています。

 ちょっと無理をすれば、家だって建てることができましたし、高級車だって乗れました。ただ、ローンなどの、いわゆる借金仕立ての購入は、根っから好まないので、断念しました。なぜ借金を嫌うのかといいますと、苦い経験があったからです。仕事が順調で、どうしても多人数の乗れるバンの8人乗りが欲しかったのです。どうしても必要かというと、そうでもなかったのですが、遠くに人を連れて行ったりする機会が多かったので、『あったらとても便利なのだが!』といった状況でした。それで、兄の義妹からお金を借りることにしたのです。家内に大反対されましたが、押し切ってしまいました。ユダヤの諺に、

   「富む者は貧しい者を支配する。借りる者は貸す者のしもべとなる。 」

とありますが、『お金を借りている!』という負い目が、自分から離れないのです。月々の返済をしている間、まるで、貸し手とお金の奴隷のような自分が、とことん嫌になりました。その借金の返済を完了したとき、『今後、二度とお金を借りないぞ!』と決心したのです。

 そうするとどうでしょうか、中学と高校で同級生が訪ねてきて、『雅、金貸してくれないか!』と言うのです。また、知人から紹介された人が、『泊めてくれませんか?』、『交通費を貸してくれませんか?』、また、『子どもが病気なので・・・』と言っては、何人もの人が、次から次へとやって来るようになりました。私は、決して貸しませんでした。貸さない代わりに、差し上げたのです。まだ若くて、4人の子育て中でしたから、物入りは多かった頃です。でも、借りてる間、その人が私の奴隷になるのが、経験上忍びなくて、そうしたのです。こちらに来ても、出会った中国の青年が、お父さんに仕事がなく、お母さんがパートのような仕事をしていて、年金の関係で、まとまったお金が必要でした。『廣田さん、申し訳ないのですが、◯◯元あったら両親が助かるのですが、貸してくださいませんか?』と頼まれました。その時も、差し上げました。この方は、中国東北部で石炭の産出で有名な町の出身で、近くの街では、旧日本軍が焼き討ちをしたり、虐殺をしたことがあった所からでした。そういった〈償い〉の気持ちもありましたが、彼が誠実な人柄であることが、分かっていましたので、助けになるならばということで、喜んでそうしたのです。

 その他には、病気や非行や親がいない若者がいて、世話をしてあげる必要がありました。そんな彼らを家に迎え入れて、一緒に生活をしたことがありました。10人以上の大所帯だった時期もありました。子どもたがハラハラしていたようです。それでも、彼らからお金をもらいませんでした、商売をしているのではないからです。そんな頃、お米が次から次へと届いたのです。それは不思議なことでした。おかずも買うことができましたし、ワイワイ、ガヤガヤの大所帯で、いろいろなことがありましたが、大変楽しかったのだと思います。悪さをしたときには、、ビンタを張ったことも、拳骨で殴ったこともありました。まだまだ元気が溢れて、義侠心に富んでいた時期でしたから。


 あんな大賑わいだった頃から比べますと、この4月からは〈男やもめ世帯〉を余儀なくされて、孤塁を守って3ヶ月が経ちます。三度の食事を二度にし、掃除洗濯、買出し、けっこう忙しいものでした。洗濯物を干しているロープが劣化していて切れてしまい、洗い終えた洗濯物が汚れてしまったこともありました。雨が多かった時期があって、冷蔵庫の中を探しては食べつないだこともありましたが。やっと息子の許可が出たようで、来週、家内が戻ってきます。子育てや人のお世話をしている時期が、人生の花でしょうか。『寂しいでしょう?』と言って、ボーイフレンドを連れて教え子がときどき来て、食事を作ってくれて励まされる機会もあるのですが。やはり、何人もが同時に話し出して、何を言ってるのかチンプン、カンプンで分からなかった頃が、懐かしくて仕方がありません。蝉の鳴き声に混じって、あの〈さんざめき(ざわめき)〉が聞こえてきそうな、華南の街の木陰なる借家の夏であります。ただ愛だけは借りてもいいのでしょう!

(写真上は、八ヶ岳山麓の「別荘」、下は、「蝉」です)

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