詩心

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寺山修司が、自分の職業を聞かれた時、何と答えるかを話していたことがあります。『詩人です!』と言うのだそうです。今、社会的な責任から離れて、隠居生活をしている私は、何かの書類に職業欄があって、記入しなくてはならないことがあったら、「無」と書くのも味気ないので、寺山に倣って「詩人」と記入しようと思っているのです。

『詩心をもって生きよ!』と、〈百番教室〉を、他の学部生で満室にさせるほどの名物教師が、二十代初期の私に、そう言いました。いえ、その講義を受講していた学生全員に言いました。その言葉は、私の生涯の課題の一つで、今だに、課題の答えを尋ねる宿題を負わされている様な気持ちになっています。

この一言を聞くために4年間を、アルバイトで授業料を稼いで、学んだと言ってもよいのかも知れません。その学び価値の大きさに、この身も心も引きづられて、いまだに、その課題を生きています。「詩心の五つの特質」ということが、“ 美しい言葉辞典 ” にあります。

「詩人」「詩心」と聞いても、多くの人は、その意味を説明できないでしょう。以下、「詩心の特質」をあげてみます。
1)すべてのものから自由な精神(自由)
既成概念、固定概念、先入観、宗教、イデオロギー、あらゆる洗脳、謀略工作から自由な精神を詩心と呼ぶ。
2)美を感じる(もののあはれを知る)心(審美)
豊かに美を感じ、もののあはれを知る繊細な心を、高い審美眼と美意識そのものを、詩心と呼ぶ。
3)生きとし生けるものへ愛情(慈愛)
すべての生命に対する無条件の愛を有する心を詩心と呼ぶ。
4)物事の本質を見ぬき未来を予見する洞察力(直観)
事象の核心をつく、未来を予知する鋭い直観力、洞察力を、詩心と呼ぶ。
5)幸を分け合う、和の精神(調和)
人と街と自然との調和を希求する精神を、詩心と呼ぶ。

そうだなと思うのです。私の恩師は、自分のことよりも他者を、物よりも精神を、瞬間よりも永遠を考えながら生きて行く様に、祝福したんだと思うのです。恩師の年齢を数えてみますと、まだ三十代でした。まさに溢れる情熱の青年講師の言葉でした。『こんなに目の綺麗な人っているんだなあ!』と思っていました。だからでしょうか、女子に人気があったわけです。

恩師に薫陶や影響を与えた方がいたに違いありません。自分も、それに似たようなことを言って、お隣の国の学校の教壇から話していたのです。〈受け売り〉ではなく、とくに青年が持ったら素晴らしい心だからです。激烈な競争社会を生きて行くには、甘っちょろいと思う人が多いのですが、結局は、人は心や精神や信念に生きる様に造られているに違いありません。

(寺山修司の生まれた弘前市の岩木山と市木の林檎です)

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