中高6年間、通学した中央線の国分寺駅の北口に、「名画座」がありました。今でもあるのでしょうか。銀座や新宿や渋谷などにあった「封切館」は、新作の映画が上映されていたのですが、都下の通勤通学駅にあった「名画座」は、何年も何年も前に上映されたアメリカやフランスの映画を再上映していたのです。二本立ての映画が週替わりで上映されて、入場料は幾らだったのでしょうか、親にもらった小遣いを工面しては、たびたび観に行きました。制服を着ていて、どこの学校の学生かわかるのに、学校に通報されるようなことがなかったのです。食い入るように、映画の世界に浸り込んでいた時代だったのです。
1950年後半~60年前半の頃、日本は、まだまだ欧米諸国の生活水準には至らなかった時期でしたから、スクリーンに映る、アメリカやフランスの物量の豊かさや、華麗な生活に圧倒されてしまいました。それはそれは羨ましい気持ちで、眺めてはため息をついていたのだと思います。乗り古した車が、うず高く積まれている場面に度肝を抜かれ、『日本はまだまだアメリカには及ばなんだな!』と思うことしきりでした。
そんな多くの映画の中で、「望郷(Pépé le Moko)」という フランス映画 が、名画座でかけられていて、観ました。名優ジャン・ギャバンの演じる、「ペペル・モコ」が主人公で、北アフリカのアルジェリアのアルジェが舞台でした。ペペル・モコは、パリ警察の追求を逃れて、このアルジェに逃げ込んだ犯罪者だったのです。彼の恋物語や、パリへの望郷の思いが、この作品の物語の中心だったでしょうか。「カスパ」という街の一画は、犯罪者のたまり場所でしたが(現在では、世界遺産に指定されているそうです)、活気に満ちていたのが思い出されます。真っ青な空の高い北アフリカ、その海も紺青色にかがやき、波頭が白い、そんな異国情緒があふれていた映画でした。「FIN」という、終わりの字幕が出る直前に、ペペル・モコが、『キャビー!』と呼ぶ声が、実に印象的でした。
今度帰国しましたら、国分寺で下車して、昔、学校を早退して、ちょっぴり後ろめたい思いで歩いた道をたどって、名画座に行ってみようかな、と思っております。斜陽で、多くの映画館が閉館を余儀なくきれていますから、もう無いかも知れませんね。我が青春の一ページを、めくり返したい気持がしてきているのは、晩秋のたたずまいのせいかも知れません。犯罪はともかく、恋に命がけに生きるペペル・モコの生き方の真似など出来ませんでしたが、あの眩しく輝く北アフリカの光景も、妙に瞼に焼き付いているのは、どうすることもできません。
(写真は、アルジェリアの首都アルジェの「カスパ」と呼ばれる街の路地裏の今の様子、下は、「カスパ」の遠望です)