どう決断するか

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 明治期に、札幌の農学校にやって来た、William Smith Clarkという教師が、日本全国から来て学んでいる、まだ十代の学生を残して、アメリカに帰国する時、『Boys  be ambitious ! 』と言い残しました。青年たちに、野望や大志を心の中に宿して生きる様に勧めたのです。

 教え子たちはその言葉に従って、「大志」を抱きながら、日本の夜明けの時代を生き始めたのです。その中には、北海道開発に尽力した者、技術研究分野で開拓した者、国際社会で活躍した者、若者を教えることに情熱を燃やした者など、有名無名な人たちがいました。その中に教育者となっていく内村鑑三がいました。挫折や苦しみの中から、一校(東京大学の前身)での通常の教育分野を、「不敬事件」を起こして追われます。結局、聖書を教える教師、いえ人の生き方を教える師となって、多くの若者に強烈な感化を与えていきます。

 野望を挫かれたのですが、日本の近代化に貢献する人材を育て、その育てた人たちが、また次の世代の若者たちを育てていきます。その感化は絶大なものがありました。野望や大志を持って生きていくこと、強い願いを持つ事は青年期の特徴です。

 クラークにしろ内村にしろ、その人生に、神が介入されたのです。自分の野望で生きたのではなく、「神の御心」を生きる様に、挫折体験を通されたのです。他に生きる道を示されたのです。クラークは南北戦争に従軍した軍人でしたし、農学校の教師でしたが、札幌に導かれたのです。そこに九ヶ月いた間に、わずかな若者たちに触れただけの人でした。

 第二回生で入学した内村鑑三は、クラーク帰国後に、間接的に感化されています。内村もまた大志は砕かれ、神の導きを、苦悩しながら生きて、それでも日本の精神界に重大な影響を与え、今なおそれは留まっていません。クラークにとっては、札幌にいた9ヶ月だけが、彼の人生の華の時期だったと言われています。でもその意義は、日本にとって大きかったのです。

 立場なしでも学位なしでも、男は生きていけます。神を信じ、生きていくなら、神さまは生きていく道を示され、自分が計画した道、願った道ではなく、苦難の道に導くことが、多くあります。そこで、主を認めることができ、その無言の促しに従うなら、素晴らしい人生を生きていけます。自分の満足のためではなく、次の世代の若者たちが、主を畏れて生きていくために与える感化は絶大です。

 教室の教壇から、教師ができる最高のことは、学問の専門知識の感化だけではありません。精神的な人格的な信仰的な感化ではないでしょうか。専門知識は一時期ですが、「生きること」、どう生きていくかは一生の課題です。もし真実な影響を、キリスト教徒の教師から受けたら、その人の人生は成功ではないでしょうか。

 わたしの弟は、高校の教師でしたが、大学に何度か招聘されながらも、それを断り、自分の母校の一教師として奉職しました。定年退職後から、75歳まで、学校に彼の部屋と机が残され、教師たちの相談役をし続けてきたのです。在職時には、付属の幼稚園児も、小学生も教えていました。卒業生の成人式には、式を企画する卒業生から請われて、毎年、祝福のスピーチを、聖書から語り続けています。校長先生ではなく彼なのです。社会の中では無名ですが、卒業生の中では絶大なる敬慕を得ているのです。

 彼は自分の使命を知っていたのです。在学生を連れて臨海学校に行き、台風の大波で、2人を救助しましたが、1人の学生を死なせてしまうという事件があったのですが、それを乗り越えて、母校の教師を続けたのです。博士号は得ませんでしたし、教育功労者にもなりませんでしたが、一教師の務めを全うして今があります。信仰上の、精神上の感化を受けた学生は数限りなくいるのです。それは一生ものです。

 Zさん、あなたの願いは間違っていません。主の前に持ち出して、奥さまと一緒に祈って、どう生きていくかを決められたらいいなと思います。妻は夫の生き方の決定を支持したらいいのです。でも、どうすべきかを夫は妻に聞くべきです。妻は、神があなたのそばに置かれた最高の助言者、better half だからです。自分の半分が何を感じてい、おもっているかを聞くことによって、人生の危機を回避でき、正しく決断ができます。人生は短いのです。盛りの時期は束の間で過ぎます。でも霊性上のことは永遠です。

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 この文章は、教授になろうとしている若き友人に、書き送ったものです。1人の教育者、研究者として、どこで教え、どんな立場で教え研究するかは極めて大切です。有能で将来を嘱望されていて、迷うのでしょうか、どう選択し、決断するかを、彼の奥さんが変わって相談してこられました。

 猛烈に忙しい、徳島弁を話す、日本の大学で博士法を取った彼のために、自分も日本の大学で博士号をとって、省立大学で法学を教える教師の奥さんは、とかく信仰生活がなおざりになって、社会的な立場に思いを向けているご主人を心配してでした。年齢的にも、最後の決断の時期なのでしょう。

 お二人とも信仰者で、最優先にすべきなのは、この世に置いていかなければならない業績や立場や名誉ではなく、永遠を支配される神であり、神のご計画なのです。称号も業績も、天国に持っていけないのですから、そればかりに執着するのも、もったいないのです。これから、どう生きていこうとして模索中の青年たちに、『これが道が。これを歩め(イザヤ3021)』と、神が語りかける声を聞くために、導く務めがありそうです。

近々、学会があって、日本に来るそうです。時間をとって、わたしたちを訪ねたいと言ってくれています。良い決断がなされます様に。

(北大のキャンパスにあるクラーク像、Christian  clip art のイラストです)

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