ふつうの男の子

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 『弟子たちは彼についてイエスに質問して言った。「先生。彼が盲目に生まれついたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか。その両親ですか。」(ヨハネ92節)』

 《近代オリンピックの父》として、クーベルタンが有名ですが、今たけなわのParalympics》にも、「父(創始者)」がいます。ユダヤ系でイギリスで医師をしていた「ルートビィッヒ・グッドマン/ Ludwig Guttman 」が、その人です。

 ドイツで生まれますが、反ユダヤ主義を掲げて台頭したナチス誕生後に、イギリスに亡命しました。ナチスによるドイツが敗北した後も、イギリスの留まり、第二次世界大戦で体に損傷を負った傷痍軍人の回復のための治療に専念しています。

 私が子どもの頃、電車に乗ろうと駅に行きますと、駅頭に、白衣を着て軍帽を被った一団がいました。街頭募金、義捐金を集めていたのです。義手や義足、眼球のない目を露骨に見せていました。戦争で障害を負った人たちの悲惨な姿は例えようがありませんでした。

 この人たちは、電車の中も会い、『あああの顔で、あの声で、手柄頼むと・・・』と軍歌を歌っていました。父も従軍して戦場を駆け抜けていたら、同じように負傷していたかも知れないと考えたり、お父さんを戦争で失った級友たちと比べて、自分は、どんなに恵まれていたことでしょうか。

 戦禍で傷つき、機能を失った傷病兵たちが、勇気を持って、戦後を生きていけるように、強烈に願って誕生したのが、Paralympics なのです。このGuttoman は、次の様に言っています。

 『私は最初、スポーツを治療に活かすことを考えた。でも途中でもっと大切なことに気づきました。人間は肉体的に不自由になったからといってネガティブになる必要はない。スポーツを通して、心を輝かせることができる。そこが重要なのです!』

 『失ったものは数えなくていい、残されたものを最大限に活かそう!』

 そう言った理念で始まったのが、Paralympics です。こう言った人間観、障碍を負われた人たちへの Guttman の見解に、聖書の真理が見られるのです。弟子たちも、現代人も、人の負った障碍の原因を、父や祖父や祖先の犯した罪と結びつけて考えています。ところが、目が不自由で生まれついた男の人の原因を、弟子に問われたイエスさまは、次の様に答えたのです。

 『イエスは答えられた。「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。神のわざがこの人に現れるためです。(ヨハネ93節)』

 R.J.パラシオが、「wonder ワンダー」という本を著しています(ホルプ出版2015年刊)。オギーという主人公が、《ふつうの男の子》として生きて行く物語です。同級生にも、後輩にも、華南の街にも《ふつうの人》がいました。みなさん強く立派に生きていたのです。

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