四人四様

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 「幸いなことよ。矢筒をその矢で満たしている人は。彼らは、門で敵と語る時にも、恥を見ることがない。(詩篇127篇5節)」

 家内は、四人の子を産み、ひとりひとりを育ててくれました。立派に母業をし終え、今は、一人一人が、自分の責任で生きていること、また孫たちの成長を、遠くにして楽しんでいる母親とババをしています。

 長男が、幼稚園に通い始めて、担任から、『この子は異常だ!』と担任に言われてしまいます。けっきょく園長先生が、街の大学の教育学部の先生に息子を観察し、面接してもらうことになったのです。その結果、『この子は異常ではなく、リーダーシップと統率力があるので、将来が楽しみです!』と言われました。息子は先生よりも、クラスの子の心を掴んでいて、園庭を息子が右から左に走ると、みんな息子について走ってしまうので、新任の先生がクラス運営ができなかったのです。家にテレビがなく、遊びに自分流の工夫があったので、その独創性にクラスのみんなが注目していたからでした。
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 小学校二年の時に、隣町に引っ越しをして、学校が変わりました。前の学校で、もう一人いるとクラスの数を減らさないで済むので、転校した息子に、一ヶ月間だけ戻って通ってほしいと、校長先生に要請されたのです。息子は、『いいよ!』と言って一年生を過ごした学校に通ったのです。そのご褒美に、豪華な絵の具のセットをもらって喜んでいました。

 長女は、お風呂に入れる時、熱いお湯に『うーっ!』と言いながら、我慢していた子で、その動じなさに驚かされました。ほとんど、手のかからない子だったのです。中学の時、用があって家内が学校に電話した時、『ハンギョドン先生をお呼びください!』とお願いしたのです。電話を取った方は、長女の担任に連絡して、 『◯◯です!』と言って出てこられたのだそうです。家で、長女が渾名しか言わなかったので、その名が出てしまって、それを聞いた娘にものすごく怒られたことがありました。
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 上級生のいじめに憤慨した長女が、問題解決のために、暴力をいじめてに用いて、制裁したのです。高校では、担任が失恋したそうで、そのカウンセリングをして、帰宅が遅くなったのだと言ったことがありました。お節介だと言えばお節介ですが、そんな相談を生徒にする先生が、頼れるほどの娘だったのには驚かされました。

 次女は、幼稚園で、授業中に、園庭のブランコに一人で、平気でのる子でした。そんなことをすると、担任から、家に連絡がありました。家に帰ってきた次女に聞くと、『休み時間にあたしがブランコに乗ると、ほかの人が使えないので、だれも競争しない授業中にあたしが使えば、休み時間に友だちが乗れるから!』と、理由を言ったのです。作業の遅い子の世話を焼いて、自分のことができなくても平気な子でした。
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 15でハワイの高校に入学しました。友人の牧師がお世話くださると言うので、旅をさせたのです。同級生の中には、沖縄からも、Croatia(クロアチア)からも来ていた子がいた様です。彼女の教会でセミナーがあって、家内が出掛けました、次女の生活ぶりを見、励ますためでした。帰ろうとした家内を見送りに空港に来た次女が、大粒の涙を、ポロリと落としたのだそうです。いろんなことを経験し、辛いこともあったのでしょうか、意味深の涙だった様です。

 次男は、小さい頃、救急車で運ばれたことがあって、『こんなことで呼ばないで!』と家内が、隊員から注意されたことがありました。音感がよかったのです。音に敏感でした。中学に入ってから、スポ少でやっていたバスケットをすると思っていたら、ブラバンに入ったのです。パーカッションの担当でしたが、ほかの楽器もこなせたのです。担当の先生に見込まれて、大太鼓を叩く特訓を受けるために、よく太鼓の置いてるホールに連れて行ったことがありました。息子自慢になりますが、ブラバンのコンテストの折に、東京から来られた審査員も、次男に目を止めて、『数万人に一人の特別なものを持っている生徒です!』と言われたのです。
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 ドラムを上手に叩き、ギターも好きでした。ある時、私たちの最寄りのJRの駅前で、トラクトを足元に置き、ギターを弾いて賛美することが何度もありました。家内と二人で、そっと後をつけて、物陰から彼の賛美を聞いていたことがありました。自分の生まれ育った街の人に、福音を伝えたかったからでした。家内が最後に、三十代後半に産んだ子でしたから、子どもたちはみんな可愛い思い出がある中、仕舞いっ子は特別な想いがあるのでしょう。病んでから、優しく気遣う彼に会えない、コロナ騒動の渦中です。

 こんな出来事のあった4人の子どもたちです。一緒にいる時間って短いのを痛感しています。委任された子育てを終えて、もうずいぶん時間が経ちました。自分の親も、同じ様にして、一人一人、家から出ていくのを見送っていたのでしょうね。みんな神を畏れながら、一所懸命に、今を生きているのが、私たちには一番嬉しいことです。

(建築用の「鎹(かすがい)」です)

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