.

.
 父母と兄弟たちと一緒に住んだ、東京都下の街の家の風呂桶は、檜(ひのき)で作られていました。近所に桶屋さんがあって、そこで特注した優れ物でした。薪で沸かした檜風呂の湯は、子どもの私にとっても香しくて、心底温まる風呂だったのを思い出します。

 檜は、「木曽」が有名ですが、奥多摩の檜林を歩くと、その匂いがしてなんとも心地よかったのです。その植生は、福島以南で、寒過ぎては育たない木なのだそうです。台湾や中国にも檜の植生がみられます。

 以前、大劇場の床は、ほとんどこの檜で作られていたのです。劇場が大きくなかったり、高級ではないものと比較して、大劇場の檜の床の様に、高級材を使っている舞台を踏むことは、演者には誇らしく感じられるわけです。一流の劇団員や歌手になると、『国立劇場の《檜舞台》を踏めた!』と言うことができるのでしょう。

 そう言ったことで、スポーツの世界でも、一流の選手にとって、東京ドームや国立競技場や国技館で活躍できるのを、『《檜舞台》を踏んだ!』と言う様です。それは誉のあることなのです。

 もう一つ、「登龍門」とも言う言葉があります。成功や活躍への一歩をとって潜る門のことです。“ コトバンク"には、『〘名〙 (「龍門」は中国の黄河中流の急流。そこをこえることのできた鯉は龍に化するとの言い伝えから) 立身出世につながるむずかしい関門。また、運命をきめるような大切な試験のたとえ。』、とあります。例えば、学校は社会への登竜門で、「赤門」などの名門校は、官僚や大臣や博士へ一歩のことを言っているのでしょう。

 登竜門を潜ったことも、檜舞台を踏んだことも、私にはありませんが、凡々として粗い板張りを踏んで生きてこれたことも、またいいのかなって思っています。檜舞台で思い出したのは、檜の温泉です。山梨県南部の山間の村営の温泉の湯舟は、岩ではなく、檜で作られていました。そこから山肌が眺められ、木々の葉の微妙な緑が立ち上る湯けむりに映えて、疲れた心と身体を休めてくれたのです。また訪ねてみたいものです。

.

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください