朱熹

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 父が、旧制の県立中学に合格した理由を、「俺は、口頭試験の時、試験官の前で、『教育勅語』を諳(そら)んじたのだ。試験は駄目だったが、それで入学が許されたよ!」と、こう謙遜に話してくれました。そして時々、その「教育勅語」を私の前で語ってくれたのです。

 「朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ德ヲ樹ツルコト深厚ナリ我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世世厥ノ美 ・・・・」

 小学生だった私には、「朕(ちん)」は、「わたし」ということだろうとは分かったのですが、あとは聞いただけではチンプンカンプンでした。これは、明治政府が道徳教育を推進していく必要を覚えて作成されたものです、天皇が、国民に語りかける口調でできており、1890年(明治23年)10月30日に公布されています。それ以来、「元旦」、「紀元節」、「天長節」、「明治節」の〈四大節〉の祝祭日には、学生生徒児童の前で、校長先生が厳粛に読み上げたのです。小学生の父は、それを聞いて覚えたのでしょうか。この「教育勅語」を記した写しは、箱に入れられて、「御真影(天皇皇后の写真。当時の森有礼文部大臣の発案により、講堂の正面に掲出されていました)」とともに、学校の中にあった「奉安所」に納められていました。金日成と金正日の写真が、朝鮮民主主義共和国の中で、そこかしこに掲げられているように、写真や書写文書への拝礼が義務付けられていたのです。

 天皇を頭(かしら)にした家族、国民は臣民であることが求められていた時代でした。終戦と共に、1948年6月19日に廃止されました。「教育勅語」には、「朱子学」の影響が大きいと言われております。明治期に、日本人の道徳心を涵養するために用いられた、道徳律に強く影響を与え、それ以前、徳川幕府の「正学」とされていた、この「朱子学」とは、どういう教えなのでしょうか。

 福建省福州の北の三明市に「尤渓 」という場所がありますが、ここで生まれた「朱熹(しゅき/日本では〈朱子〉と呼びます)1130年10月~1200年4月、宋代の人) 」が、「朱子学」のは開祖です。儒教が、多くの学説、多くの著作にって、まとまりを失っていたのを体系化したのが朱熹で、その功績が高く評価されています。幼い日から、「孟子」、「論語」を読み学んできた彼は、良き師と出会って、19歳で「科挙」に合格したほどの逸材、儒教の教えに精通していました。ひとことで言うと、「自己と社会、自己と宇宙は、“理”という普遍的原理を通して結ばれていて、理への回復を通して社会秩序は保たれるとした(ウィキペヂアより)。」彼は、田舎での官吏の道を選び、昇進や出世の野心を持たない人でしたから、故郷の難民の救済のために働くのですが、50代には、教育に専念します。


 この「科挙」という制度ですが、これは、「高等官資格試験制度」で、現代の日本での「公務員試験」に似ているでしょうか。この「科挙」の予備校が、福建省の〈、武夷山(ユネスコの世界遺産にされた観光地です)」の近くにあって、毎年多数の合格者を輩出していたそうです。そうしますと、福建省は昔から教育省だったことになりますね。この学校を開いたのが、朱熹でした。この「科挙」は、一代きりで、世襲することのできない制度でした。親の家督を〈世襲〉で受け継いで、藩の身分も職をも受け継いできた幕藩下の日本とは、ずいぶんと違うものですね。今でも日本は、俳優や歌手の子が、「親の七光り」で、親と同じ道を歩み、芸能界にデビューする傾向が多いようですが、有名になるのは極めて低い確率だと何かに書いてありましたが。最近の国会議員の紹介欄に、「世襲」かどうかの記述があるのは、世襲反対の論調の表れで、なにか面白いものを感じてしまいます。私の父親には、猫の額ほどの土地があっただけで、身分も職も階級もない〈野の人〉で、子が世襲できる何ものをも持たなかった明治人でした。ですから自分で自分の人生の道を見つけなければいけなかったのは、男子として何と幸いなことだったでしょうか。

 徳川250年の精神的支柱が、「朱子学」だったのですが、この教えが明治時代にも脚光を浴び、富国強兵のバックボーンとしても、この教えがあったようです。中国大陸に満蒙開拓者を送り込み、兵を進め、南方に物資を求めさせ、米英と開戦に至る動きの中に、この教えがあったと指摘される学者もおいでです。何か、複雑なものを感じてなりません。一度、武夷山に行かなくては!

(写真上は、中国の誇る名所「武夷山」、下は、廬山の白鹿洞書院にある「朱熹」の像です)

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