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 日本を、長いこと留守にしている間に、この社会は、さらに〈一流志向〉の様相を強めてきているのだそうです。その一流から漏れると、つまらない人生の連続で終わると考えられているのだそうです。『勝ち組に入らなければいけない!』と言う圧力がかかって、勝負は幼稚園の時点でで決まるとまで思われているとのです。

 あの「大阪教育大学附属池田小事件」が起きたのが、2001年6月9日でした。23名の生徒と教師が殺傷された衝撃的な事件でした。犯人は、犯行時に37歳でした。犯行に及んだ学校は、国公立大学の教育学部に付属する、ある意味では、その地域でのエリート校、もう一面では、教育実験校でした。街のお弁当屋さんとか豆腐屋さんの子ではなく、医師や弁護士や部長さんのような親を持つ子の通う学校を選んでいたのです。

 そんなことを犯したTは、上昇志向の少年だったので、この附属小学校に併設の附属中に通いたかったそうです。ところが、『けったいなオヤジ、頭の非常に回転の悪い、不安定な母親!』の子の自分、と自虐していた彼には、入学は叶いませんでした。願いが成就しない鬱積が、積み上げられていったのでしょうか。もし飽きっぽかったら、こんな無残な犯罪に走ることはなかったかも知れません。

 自己認識が甘いのは、問題です。こう言った事件が繰り返される中で、『子は鎹(かすがい)』を『子はカスがいい!』と聞き間違えたお母さんが、子どものありのままを受け入れ、そう言った母親に育てられた子が、緊張から解かれて、道を外すことなく、けっこう好い子に育った話を、何かの雑誌で読んだことがあります。

 こちらは落ちこぼれなどとは無縁に生きてきた人がいます。その人の生い立ちです。

 『1931年6月1日、東京府内(中野区)で生まれる。太平洋戦争末期は旧制中学生で、空襲により自宅を焼失している。好きな科目は理科で、東京府立第四中学校(現・都立戸山高校)、旧制浦和高等学校(埼玉大学の前身)を経て、新制の東京大学理科1類に進学。通産省就職。工業技術院院長に就任。瑞宝重光章を受勲。』

 とても順調な経歴です。しかしこの人は、2019年4月19日、車を運転中、池袋で、暴走行為を起こし、母子を轢き殺してしまうのです。これが華々しい経歴を誇る、勲章まで授かったエリートの晩年の様子です。

 池田小事件も池袋事件も、関係がなさそうですが、人の命を、それぞれの形で奪ってしまったことには変わりありません。エリートで生きても、そうでなく生きても、大同小異なのでしょうか。驕っても、卑下してもダメ、ほとんどの人は可もなく不可もなく、凡として生きています。『人様に迷惑をかけないで生きよ!』と、親に言われて生きてきた私も、この世の片隅で、凡として生かされております。
 
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