世間で

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 作詞が山田孝雄、作曲がむつひろしで、「昭和かれすすき」という歌謡曲が、1975年(昭和50年)7月に発売されたそうです。

貧しさに負けた いえ世間に負けた
この街も追われた
いっそきれいに死のうか
力の限り 生きたから
未練などないわ
花さえも咲かぬ 二人は枯れすすき

踏まれても耐えた そう傷つきながら
淋しさをかみしめ
夢を持とうと話した
幸せなんて 望まぬが
人並みでいたい
流れ星見つめ 二人は枯れすすき

この俺を捨てろ なぜこんなに好きよ
死ぬ時は一緒と
あの日決めたじゃないのよ
世間の風の 冷たさに
こみあげる涙
苦しみに耐える 二人は枯れすすき

 だいぶ否定的な言葉使いの多い歌ですが、映画の主題歌、テレビ番組の挿入歌でだったそうです。この歌が、〈世間(せけん)〉という言葉を二度も使っているのです。それは、生きるのに負けた〈世間〉と、風の冷たい〈世間〉という表現をしています。最近になって、何かの拍子で初めて、この歌を聞いて、〈世間〉という言葉が気になってしまったのです。

 九州工業大学で、「刑事法学」を講じた佐藤直樹名誉教授が、『日本には、〈社会〉はなく、〈世間〉があるのです!』と言っています。この方は、「世間学」の専門家でもあり、「日本世間学会」の発起人などをされ、今年の「コロナ禍」で、新聞やラジオやテレビにも、多く出ておいでです。

 このところ残念なことに、コロナ罹患者やご家族への仕打ちが、普通ではないのに驚かされます。だから、公表しない、しないから、探りだそうとするのは、共同体の一員だという自覚がなく、ただ、〈自分の身だけが可愛い〉心理が働くからなのでしょうか。〈世間の掟〉が、暗然として、日本の社会にはあって、その〈世間の冷たい目〉に、常に晒されて、ビクビクしながら生活をしているのです。
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 お陰さまで、「新日本語」をよく耳にしています。〈自粛警察〉とか〈同調圧力〉とがです。戦後、75年が経ち、欧米文化が怒涛の様に入り込んできたにも関わらず、《個》の意味や在り方が、日本社会に浸透したのかなと思ってみるのですが、ほとんどの人が、〈世間〉の枠の中に囚われていて、周りの顔色や雰囲気を気にしながら、まだ生きています。〈不安〉や〈恐れ〉からくる〈差別〉や〈偏見〉を生んでしまっています。

 アメリカの大学に留学し、倶楽部生活などし始めて、新しい思想や考え方や生き方に出会って帰国してみるのですが、ファッションもスタバ通いもアメリカンなのに、生き方は、以前の轍(わだち)に、すぐに戻ってしまうのだそうです。中学を出て、15、6歳からアメリカ生活をした、私の子どもたちは、考え方は、《個》をしっかり持って帰って来たみたいです。

 外から自分の生まれ育った国を眺められたので、〈世間〉にのめり込まないで生きている様です。しかも日本人であることを捨てもしませんし、軽んじることもありません。〈世間のルール〉を尊重しながら、飲み込まれないで、上手に生きているのです。私たちは、〈仏滅〉の日に、結婚式を挙げてしまいましたが、〈世間〉を気にしませんでしたし、何の障りもなくと言いたいのですが、互いの違いを認め合いながら、来年は、「金婚式」を迎えられそうなのです。

 それにしても、この歌謡曲の様な恋は、息苦しいし、日陰の恋の様で気の毒です。1929年には、『いっそ小田急で逃げましょうか(「東京行進曲」の3番です)』と歌で勧めていますが、その小田原に行ったって、〈世間〉はついて来てしまうのです。〈世間の目〉など気にしないで、二人で素敵な人生を、楽しく生きていける様に、祝福したいものです。

(小田原市街の風景です)

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