理想に萌え

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大正時代の子どもたちの写真を見つけました。チョコレートとかケンタッキー・フライドチキンとかデズニー・ランドなんかない頃、くったくない笑顔で生きている、逞しさが感じられ、それなのに可愛いのです。彼らは、父の世代だと思われます。祖父の膝の間で、絣の着物を着て、満足そうにしている父の写った写真が、母の写真アルバムにありました。この子たちに似ていました。

私の中学三年間、担任をしてくれた先生は、次の様に言っていました。そう、鎌倉時代の日本人は、大らかで闊達だったと教えてくれた、あの先生です。『近代日本で、大正時代が最も良い時代だった!』と、社会科で日本史の授業で言っていました。

私たちの中学校では、東京帝国大学出の先生は、私の担任だけでした。教え子の中から、同窓生の出ることを願ったのでしょうか、何人かの同級生が呼ばれて、中高六年間学ぶように言っていました。でも誰も、師の願いを叶えるものはいませんでした。

第一次世界大戦が、1914〜18年までありましたが、日本は参戦せず、中国大陸に明治期に欧米諸国に倣って、「租界」を作ったりしていましたが、国際紛争に巻き込まれることもなかったのです。軍部の力が指導的になる以前で、国内は、平和だったようです。この大戦後、日本は、アメリカ、イギリス、フランス、イタリアと共に、「世界五大国」に数えられています。明治維新から、50年で、その様な国際国家となっていたのです。

私の学んだ中・高校は、「大正デモクラシー」の渦中に、開学したと言っていました。デモクラシーの理想に萌えての創立だとのことでした。男女平等、部落差別解放運動、団結権、ストライキ権などの獲得運動、文化面においては自由教育が行われ、大学の自治権獲得運動、美術団体の文部省支配からの独立など、様々な運動が盛んだった時代です。1950年代の終わりに入学した私には、そんな息吹を、学校では感じられませんで、何か古臭さにこだわっているようにしか思えなかったのです。でも、6年間、その学校で学ばせてくれた父には、感謝しました。

そんな自由闊達な時代が、もうひとたび、蘇ってくることがあったらいいと仕切りに思うのです。子どもも若者も、夢を語り、夢の実現のために研鑽努力を惜しまず、理想に萌え、海外に雄飛するそんな時代でした。今ほど物質的には豊かではなかったのですが、精神的な豊かさがあったそうです。そんな時代を、私たちも楽しんでみたいものです。

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