以前に治療した歯が、また〈悪さ〉をし始め、帰国する度に、歯科通いをしてきました。今年の帰国で、家内の治療が長引くと考え、それで、じっくりと歯の治療を始めたわけです。だいぶ削った後に、『抜かないと!』と、地元の歯科医に言われていたのですが、治療前の測定で、血圧が高いと言って、三度ほど抜かれずに過ぎていました。
ちょっと不安に駆られた私は、秋風が吹き始めた頃に、この歯科医に代わって、前回帰国時にかかった、日本橋の歯科医に診てもらったのです。随分以前に、治療した歯でしたが、歯と歯茎の間に、食べかすが溜まって、化膿し始めていたのです。それを、昨年の帰国時に、この兜町の証券取引所の株屋さんたちを患者にされている歯科医に、切開していただいたのです。
その後、中国の華南の街に戻って、いただいた歯ブラシで丁寧に歯磨きを励行していました。そのおかげで、回復していたのです。それを、今年帰国してから、地元の歯医者を訪ねましたら、最初から抜くと言われて、削ったまま、ずっと治療停止状態のままでした。
双方とも《抜かない歯医者》との触れ込みなのです。抜こうとしていた歯は、日本橋の歯科医の話では、この奥歯は、《我慢強さの歯》なのだそうです。この歯を噛みしめることによって、忍耐力が涵養されるのです。七十の私にも、もっと我慢強くしていて欲しいと、日本橋では、抜かないですむ治療を施してくれてきたのです。
この先生が話し好きで、口を開けて、返事のできないでいる治療中の私に、しっきりなしに話しかけるのです。友人の息子や、タクシーの運転手や、知人のことを、歯の治療に関してです。私が中国に行き来していることや家内の病などを話したことがあって、思い出した様に、そんな話題に触れるのです。
ところが応答できないのを承知で、治療の退屈さを紛らすためか、耐えるためにでしょうか、話しかけられるのです。漫談師になっても、やっていけそうなほど話題が豊富なのです。治療が終わって、話の返事をしようとすると、次の患者さんが来ていて、そのままで終わってしまいます。一方通行の話って、どうしたらいいのでしょうか。
そんなで、大切な歯が、ギリギリの所で、残ったわけです。まだ奥歯を噛んで我慢することもあります。この歯が残っていることで、まず自分に我慢できてるのが一番でしょうか。この左右の《我慢強さの歯》が、若者たちに残されることで、きっと犯罪も少なくなれるのかも知れません。
国語辞典に、「奥歯を噛む」について、『悔しさ、苦しさなど、耐えがたいことを、じっとこらえるさまにいう。歯をくいしばる。※杜詩続翠抄(1439頃)九「奥歯をくうて憤発而言た躰也」』とあります。〈地団駄(じたんだ)を踏むためにではなく、自分に忍耐するための我慢をしながら、新しい年を迎える準備中です。
(日本橋の古写真です)
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