勝者

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アテネ・オリンピック出場をかけた、ある女子競技の予選の試合が行われていた頃ですから、2004年だったでしょうか、それをテレビに誘われて観戦していました。その時、日本チームの練習風景が、中継の合間にビデオで流されていたのです。

監督が、19才の高校を出たての選手に、『バカヤロー!』、『出て行け!』、『お前なんか使わない!』と罵声を飛ばしていました。ああ言った言葉に耐えないと試合に出られない、勝てない、大会に出場できないのです。

国の名誉を賭けた、熾烈な競争に勝つには、精神を鍛えなければならないのです。『なにくそ!』という跳ね返す心がないとだめなんです。相手に勝つ前に自分に勝たなければならないし、チーム・メイトにも勝たなければならないのです。根性がなければ駄目なんです。そのためには、暴言も暴力も必要悪なのだ、そういった風潮がみられたのです。

5、60年も前に、中学や高校の運動部にいた私は、その様子を見ていて、『ちっとも変わっていないな!』と感じること仕切りでした。その五十代の監督さんの選手時代は、われわれと同じ「しごき」の時代だったのです。私の所属していたクラブの練習は、ものすごいものがありました。

インターハイや国体の優勝校で、その決勝戦への常連校でしたから、その名誉を維持するためには、常識的な練習では駄目だと言うのが結論でした。予科練帰りの旧日本軍の規律で訓練された先輩たちにしごかれたと言う、卒業生のおじさんたち、そのおじさんたちに鍛えられたOBが、入れ替わり立ち代わりやって来るわけです。ビンタは当然でした。殴られると、今度は下級生にビンタで焼きを入れるといった悪循環があったのです。

あの監督さんは、暴力はしていなかったのですが、あの言葉は心に痛かったでしょうね。社会全体が軟らかいソフトムードで、そこで育って来た若者たちの中で、一流選手のいる、スポーツ界は変わっていないんですね。

何時でしたか、力士のAが相撲の稽古をつけている様を、テレビで観ていました。竹刀(しない)で焼きを入れていました。その相手は、彼よりも年令は上で、大学出の人気力士でした。この世界は年令も学歴も関係ないのですね。番付が上なら天下なのです。

《悲壮感》、そう言ったものがないとスポーツの世界では、出られない、勝てない、大会に出場できないのですね。まさに日本型のスポーツの世界の伝統であります。

これも何時でしたか、アルカイダの訓練の様子が放映されていました。またアメリカ海兵隊やイギリス軍の新兵訓練も見たたことがあります。戦場の最前線に遣わされる兵士には、非人道的な訓練が、世界中、どこでも行われているのです。そこにあったのは、私が若い頃にやっていた、ある流派の空手の稽古の中に感じた「殺意」です。躊躇のない一撃必殺が要求されるのです。逡巡していたら、殺されてしまうからです。 
 
あの監督に罵声を飛ばされていた選手が、試合に出してもらって活躍していました。スパイクを決めたときに見せたのは、実に素晴らしい笑顔でした。あの暴言を、『監督さんの愛情からの言葉なんだ!』と思って感謝しているのでしょうか。

でも、『勝たなくってもいいんだ!』、そういった気持ちで、スポーツを楽しめたら素晴らしいでしょうね。もちろん健康であるためには、肉体の鍛錬も必要に違いありません。欠点だらけの私を指導してくださったアメリカ人の起業家は、私を、殴ったり、威嚇したり、蔑んだり、罵倒したりしませんでした。その代わりに、愛の配慮で忠告や助言や激励をしてくれたのです。若かった私が、《人生の勝者》になるためにでした。
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