苦楽

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ユダヤの格言に、「友はどんな時にも愛するものだ。兄弟は苦しみを分け合うために生れる」があります。素晴らしい友がいて、訪ねてくれ、見舞ってくれ、病状を聞いてくれる友が、闘病中の家内には大勢いて、その友愛は羨ましい限りです。

さらに家内には、二人の姉、二人の兄、そして妹がいます。兄二人は、すでに病気で亡くなっていますが、懐かしい思い出が、たくさんある様です。学校の寮に住みながらで学んでいた頃、下の兄が、よく訪ねてくれて激励してくれたそうです。子どものいない伯父の家に、祖母の権威で養子に行かされ兄だったのです。その弟を、弟思いの上の兄が連れ戻しに行った一大事件があった様です。

この上の兄は、高校を卒業と同時に、ブラジルに移民しています。書類上での契約と現地での現実とが違っていたそうで、随分と苦労をしたそうです。移民仲間が、異国での生活に耐え切れずに自死し、その亡骸をスコップで掘った穴に、自分の手で埋葬しなければならなかったのです。その農園を離れ、手が器用だったので、ある人から「時計修理」の技術を教えてもらい、サンパウロの近郊の街で、小さな店を出して、生活をやり直したそうです。

家内は、子育て中の娘たちを連れて、この兄に招かれて、その街を訪ねたことがありました。勤勉に働き、いく棟もの家と、広大な敷地を手に入れて、長兄は、街の成功者になっていたのです。二人とも、妹思いの優しい兄でしたが、病には勝てなかった様です。

二人の姉は、国際結婚をしてアメリカで生活をしたのですが、アメリカンドリームとは程遠い、厳しい現実を生きた様です。二人とも、妹には優しい姉で、今の上の姉は、息子の経営する医療施設で、老後を過ごしています。下の姉は、ハワイで生活していたのですが、弱くなったのでしょうか、本土に住む長男に誘われて、近々移り住むそうです。

妹は、中部圏の街に住んでいて、独身生活を謳歌してきましたが、若い頃から住んだサンパウロに戻る準備をしている様です。時々、家内を見舞ってくれています。戦争中から、厳しい戦後を共に、多くの兄弟姉妹と過ごしたのは、家内には、「宝石の様な日々」だったそうです。

上の兄が、弟妹を連れて、新聞配達や養鶏で売った卵の代金を手に、「豊島園」に連れて行ったそうです。電車賃や入園料を払って、帰りに電車賃の他に、「かき氷」のお金を残していたそうです。それで、4人分の代金を払おうとしたら、足りなかったのです。家の近く比べると、豊島園のかき氷の代金の方が、はるかに高かったのです。売り子のおばさんに叱られている苦渋の兄の顔を、家内はハラハラして見ていたのです。

それも、これも、あれも、みんな懐かしい思い出なのでしょう。まさに「苦しみを分け合う兄弟」が、家内にはいたわけです。今週、義理の兄弟が、家内を激励しようと計画し、予約を取ってくれて、温泉旅行に招待してくれたのです。兄たちは夫妻で、20年ほど前に愛ー妻を亡くした弟は一人で、弟運転のレンタカーで迎えてくれて、この街の北にある鬼怒川温泉に連れ出してくれたのです。

家内の目は輝いていました。友人が、友愛で提供してくれた家やベッドの生活空間から離れて、二泊三日の小旅行、温泉旅行は、嬉しいギフトでした。親く語り合い、静かに流れて行く時を共有し、食べ物を分け合い、みんな丸く、白く、穏やかになった兄弟たちと、その夫人たちで過ごした時は、家内を朗らかにし、輝かしてくれたのです。

(静かに瀬音を聞いた鬼怒川の流れです)
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